映画・テレビ

鬼平犯科帳 '69 第三十二話

まじめの新助

Photo監督: 小野田嘉幹 原作: 池波正太郎 脚本: 井手雅人

出演: 松本幸四郎 (長谷川平蔵) 平田昭彦 (天野甚造) 竜崎勝 (酒井祐助) 市川五百蔵 (竹内孫四郎) 池田駿介 (山田市太郎) 北川陽一郎 (山崎国之進)

ゲスト: 吉行和子 (お才) 本郷淳 (佐々木新助) 池田忠夫 (文挟の友吉) 野口ふみえ (お米) 天草四郎 (網切の甚五郎)

Photo_2Photo_3 妻お米(野口ふみえ)と二人の子に恵まれ、同心仲間から「まじめの新助」と呼ばれる男、火付盗賊改方同心・佐々木新助(本郷淳)、三十俵二人扶持は、ある日町中で掏摸を捕らえた。盗賊相手の捕り物でも刃物は使わず、ひたすら腰にへばりつきスッポンのように離さないという体である。与力の天野甚造(平田昭彦)からは「お前は良い女房殿を貰った」と褒められるほど仲の良い夫婦であった。

Photo_4 新助の見回り先は、本所・深川界隈であった。ある日、富岡八幡境内の門前にあるあまざけ屋「恵比須屋」の茶酌み女“お才”(吉行和子)を見初めてしまい、以来ずるずると深みにはまっていくのである。

 平蔵は、役宅から見回りに出る佐々木に声を掛けた。今日は渋谷界隈への見回りに行くという佐々木に、「最近、渋谷界隈に不逞の浪人どもが立ち回っているらしい。用心するように」と言いながら、佐々木に何か不信なものを感じ取っていた。

Photo_5 平蔵は同心の竹内孫四郎(市川五百蔵)に市中見回りの共を言い付け、本所・深川界隈への見回りに出た。すると、渋谷界隈への見回りに出たはずの佐々木が八幡門前のあまざけ屋から女と出て来る所を見逃さなかった。共の竹内に、「茶酌み女を連れ出すのに相場はどれくらいなのか」と問うと竹内は「一分もあれば良いかと思います」と答えた。平蔵は、一分では暮らしに障りがあるなぁ、と独り言を言った。

Photo_6 佐々木とお才は連れ立って料理屋へ入り、二階へあがって行った。階下の小部屋からそれを窺っていたのは文挟の友吉(池田忠夫)という盗賊の一人であった。夜になって部屋へ忍んで来る者がいた。昼間、階下で様子を窺っていた文挟の友吉である。それに気づいた佐々木に、「騒ぐな、木っ端役人。こんな所を見られたら大変な事になるんじゃねえんですか」と脅すのであった。そしてお才はそれを布団の中で声を押し殺して笑っているのである。ここまで来て初めて佐々木はハメられた、と気づいたのであった。友吉は「あの女はねえ旦那。あっしらの親分で“網切の甚五郎”(天草四郎)って大泥棒の女房なんですよ」と言い出した。

Photo_7 勇吉は「旦那に、あっしらのお手伝いを頼みたいんですよ」と言う。そして、半年ほど後になって新たな盗賊一味が跳梁するようになった。三件の残忍な押し込みは、どれも内からの手引きがなかったのである。しかも火盗改メの探索によっても未だに何者の仕業なのか見当も付かぬ有様であった。与力、同心らの報告を聞いた後、平蔵は「見回り日誌」と書かれたものを差し出して見せた。それによると、押し入った日と見回りの日取りに関連がある事を平蔵は指摘した。火盗改メによる見回りの区域の日程が漏れたとすれば、内部に内通者がいると見るのが妥当である。翌日からの見回り区域の大幅な変更を与力・天野に命じたのであった。だが、平蔵の機転に依る計画もまんまと裏をかかれてしまった。

 これにより、内通者が火盗改メ内部にいる事が明白になった。だが、平蔵は信じたくなかった。そして、「今夜からの見回りは止めにせい! 儂が直々にその都度暮れ六つに指示する」と天野と酒井に言い渡した。こうして、ようやく盗賊どもの跋扈は形を潜めたのである。

Photo_9 友吉と料理屋で密会していた佐々木は、友吉が差し出した金を拒んだ。そして己の所行が平蔵に見透かされているという危機感から、もうこの一件から手を引くと言い出したのであった。だが、あの手この手を使って佐々木を逃がそうとはしないのである。その晩もお才と床を共にし、長屋に朝帰りした佐々木は「お頭様から節句人形を頂きました。奥方自らお持ち下さったのですから、忘れずにお礼を申して下さい」と妻から言われた。

 節句人形を貰った礼を述べに来た佐々木の挙動が普段と違う様子を見て取った平蔵は、酒井と竹内を呼んだ。佐々木は役宅内には居らず、長屋にも居ないと言う。すぐさま竹内に、佐々木新助と馴染みの富岡八幡境内のあまざけ屋の茶酌み女を引っ捕らえて参れ、だがこの件は誰にも漏らすなよ、と厳命した。そして天野以下、当直明けの同心を総動員するのであった。また酒井には、粂八・伊三次に命じて佐々木新助の居所を探させるよう命じた。時は寸刻を許さぬ状況を呈して来たのである。

Photo_12 その頃、佐々木新助は友吉と密会に使う料理屋へ友吉を呼び出し、偽の見回り区分の書き付けを渡した。今夜にも網切の甚五郎一味が押し込みを掛けると睨んだ。佐々木は友吉の後を尾け、一人で決着を付けるつもりになっていたのである。神田白壁町、油問屋伊右衛門方、網切の甚五郎の盗人宿を突き止めた佐々木新助は火盗改メ役宅へ遣いをやり、盗人宿の場所をしたためた手紙を届けさせていた。そして急襲した火盗改メによって網切の甚五郎一味は捕縛、または斬殺された。

 佐々木新助は、逢瀬を重ねた料理屋の二階へ出向くとそこにはお才が待っていた。お才を脇差しで刺し、階下へ逃げたお才を追ってお才に重なるようにして新助も自害して果てた。平蔵の覚え書きには、「火附盗賊改方同心、佐々木新助儀。兼ねて探索中の盗賊・網切の甚五郎一味の探索中に殉死……」とある。

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鬼平犯科帳 '69 第三十一話

女の毒

Photo監督: 古川卓己  脚本: 小川英  原作: 池波正太郎(文藝春秋刊、オール読物連載)

出演: 松本幸四郎 (長谷川平蔵) 竜崎勝 (酒井祐助) 小鹿敦 (小柳安五郎) 池田駿介 (山田市太郎) 北川陽一郎 (山崎国之進)

ゲスト: 西尾恵美子 (お長) 佐原健二 (野川の三次) 戸田皓久 (船形の由蔵) 浅野進治郎 (聖天の吉五郎) 宮川洋一 (両国の源兵衛) 仁内達之 (田町の弥七) 関根信昭 (役者) 高松政雄 (清兵衛)

Photo_2【ものがたり】 雨の中を一人の武士が数人の町人と商家の軒先で雨宿りをしている。この男、火盗改方同心・小柳安五郎(小鹿敦(のち小鹿番))といい、お調子者という点では同心・木村忠吾と良い勝負の者であった。そこを蛇の目傘を差して通りかかった女を見て、「良い女だなぁ……」と見とれているところなど、忠吾と似たり寄ったりなのである。この女が目の前で下駄の鼻緒を切ったのであった。町人たちの話によると、女は香具師の元締め聖天の吉五郎(浅野進治郎)の一人娘で浅草小町と噂されている“お長”(西尾恵美子)だと言う。素早く駆け寄り、鼻緒のすげ替えをしてやった礼にと一緒に傘に入り、すっかり得意になった小柳であった。

Photo_3 当時、庶民の娯楽は少なく、寺や神社での縁日は数少ない息抜きの場であったようで、この日も長谷川平蔵は同心の小柳、山田、山崎らを伴い境内の茶店で見回りの途中に休んでいた。すると、かつて見知ったお長が聖天一家の若い衆を連れてやって来た。平Photo_4蔵はお長の連れの男に目を付け、小柳にはまず男の素性を調べるよう言い付けた。石段を降りて行くお長に小柳は気安く「お長、お長」と声を掛けた。お長の顔見知りと感じ、連れの若い衆も控えている。小柳の目当てはお長なのだが、体よく断られ、私の代わりにと“野川の三次”(佐原健二)に「小柳様のお相手をするように」と言い使ってしまった。一緒に飲みながら、聖天の吉五郎は病からすっかり気が弱くなり、お長の相手は“船形の由蔵”(戸田皓久)という同じ身内の代貸しと決め、跡目を継がせるようだと三次から聞き出した。

Photo_5 三次は吉五郎から呼ばれ、お長を好きなら一緒になってくれ、と頼まれる。半信半疑でいる三次に、お長は三次と一緒になれなければ家を出て行く、と言っているのだ、と聞かされた。三次は有頂天、お長も想いが叶ったのであるが、内心由蔵は腹の虫が治まるPhoto_6 はずはなかった。が、お長と三次に祝福の言葉をかけて一人去って行った。そして境内を見回っていると、向こうから聖天一家の縄張りを狙っている同じ稼業“両国の源兵衛”(宮川洋一)が子分を連れてやって来、「此処も、いつ俺の縄Photo_7張りになるかも知れねえから」と嫌みな言い方をし、薄ら笑いを浮かべながら去っていくのであった……。という所までを三次は茶屋の部屋で小柳に語ったのである。すると、隣りの部屋から聞き覚えのあるお長の声がするので、二人は驚いてしまう。耳を傾けていると、相手は役者のようであり、お長から縁切りの話を持ち出しているようであった。男連中は男癖の良くないお長に振り回されていたのである。まさに、百年の恋も一夜で冷める、といったところであろう。

Photo_8 この顛末を小柳は火盗改役宅に戻り、平蔵はじめ酒井らの前で報告した。平蔵は三次の事が気になり、小柳に三次の様子を探るよう命じた。果たして三次の長屋に着いた小柳を待っていた者は、長屋の大家・清兵衛(高松政雄)であった。「三次は、もうここには居りません。夕方に戻って来、そのまま行く先も告げずに出て行っPhoto_11てしまいました」と言うのである。そのままとって返し聖天一家を訪れた小柳に由蔵は「三次はもう聖天一家とは何の関わりもござんせん」と言った。三次はお長との話を断って出て行った、というのである。渡世の掟により、親分の顔に泥を塗った形の三次は破門という処分になるのである。逃げた三次の命が危ないと感じた平蔵は、火盗改の同心らに三次の保護を命じたのだが、三次の消息は消えたままであった。

Photo_9 お長は“田町の弥七”(仁内達之)という暗殺者と密会し、可愛いさ余って憎さ百倍の三次殺害を依頼した。こうして三次は、聖天一家の子分たちとお長が放った暗殺者に追われることになった。三次の生まれ故郷の小田原でも万が一の事態を考え、奉行所に三次の保護を依頼してあった。が、暗殺者は三次が生まれ故郷の小田原に舞い戻るであろうと予測し、三次の出現を待ち構えていたのである。一月、二月経つと奉行所は手を引いてしまったが、暗殺者は辛抱強く三次を待っていた。そして三次は小田原に戻って来た。完全に追っ手から逃げおおせたと思っていた三次は、まさか刺客が待っていようとは思いも寄らなかったのである。

Photo_10 街道脇で一服しようと足を止めた三次は地蔵の陰から声をかけられた。ぎょっとする三次に、「久し振りだったねぇ、三次さん」と弥七が声を掛けた。「おめえは、田町の弥七。誰に頼まれた」と言うと、「お嬢さんさ、百両でねぇ」と答えた。「だが分からねえ、何だっておめえさん、お嬢さんを袖にしたんだ」それには答えず三次は長脇差を抜いて身構えた。弥七と三次は互いの一太刀で勝負は一瞬にして決した。三次は左腕を切り落とされたが、弥七は絶命したのである。

Photo_12Photo_13 その頃江戸では、お長と船形の由蔵が一緒になり聖天一家を継ぎ、吉五郎は間もなく息を引き取った。しかし、由蔵が聖天一家の親分で居られたのは一年間であった。聖天一家の子分たちは両国の源兵衛に寝返ったのである。子分たちに馬鹿にされ、女房のお長にまで馬鹿にされた由蔵は単身両国の源兵衛一家に殴り込みを掛けた。だが三下を三人斬っただけで由蔵も江戸から姿を消した。それから数ヶ月後、秋も終わりの頃である、甲州街道でへとへとになっていた由蔵は通りかかった馬子を呼び止めた。なんとその馬子は左腕の無くなった三次であった。日暮れまでに内藤新宿まで行きたいのだと告げた。聖天の縄張りは両国の源兵衛のものになり、お長は源兵衛の妾になっているのだという。そのお長に一目会いたさに危険を冒して江戸へ行くのだと言った。

Photo_14Photo_15 その夜、火盗改役宅の小柳を馬子の格好をした三次が訪れた。門番と共に小柳は表まで出たが誰もいなかったが、手紙のようなものが置いてあり、「よしざうが お長をころしにいきました 三次」と書いてあった。由蔵は、源兵衛は一撃で殺したがお長に匕首で刺され、駆けつけた火盗改の酒井と小柳は由蔵の断末魔の声を聞いた。由蔵とお長は重なるようにして息絶えていた。後に、平蔵は魔性の女“お長”をカマキリの牝に喩え、小柳らに語った。

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鬼平犯科帳 '69 第三十話

盗法秘伝

30監督: 渡邊祐介 脚本: 井手雅人・永井素夫 原作: 池波正太郎(文藝春秋社刊・オール読物連載)

出演: 松本幸四郎 (長谷川平蔵) 古今亭志ん朝 (木村忠吾)

ゲスト: 花沢徳衛 (伊砂の善八) 佐々木孝丸 (米倉半四郎) 須藤健 (鬼頭監物) 永井柳太郎 (升屋市五郎) 北川めぐみ (おもよ) 住吉正博 (弥吉) 池田生二 (古田求馬) 稲葉まつ子 (妻) 水沢摩耶 (おかね) 島田太郎 (役人) 江梨ひとみ (女郎) 伊東芳子 (女郎)

Photo【ものがたり】 平蔵は、御公儀に浜松への旅行を願い出た。平蔵が放蕩無頼の限りを尽くした若者の頃、陰に日向に庇ってくれた伯母の七年忌の法要の為である。その旅の帰りに、平蔵が遭遇した奇妙な事件は、鬼平犯科帳にも正式な記録がない。

 平蔵は、気まぐれに「たまには身分も役目も忘れてみたいのさ……」と髷も町人風に結い直し、道中絵師の様な格好でいた。供は木村忠吾である。江戸に着く間、“講釈師”見川泰山(みかわたいざん)と名乗り、忠吾と別れて一人旅を楽しみたいと暢気なことを言っている。

Photo_2 渡しを降りた時、“喧嘩だ、喧嘩だ!”という叫び声に、その方角を見ると堅気の夫婦連れを五人組のヤクザの一団が追っていた。女連れでは逃げ切れず、周りを囲まれてしまい、男は殴る蹴ると散々な目に遭っている。そこへ助け船を出した平蔵は、ヤクザを物の見事に蹴散らしてしまった。それを陰から見ていた商人風の老人が“大したもんだ”と見惚れていた。騒ぎも一段落すると、宿役人がやって来て男女を捕縛するという。年期奉公を足抜きし、行きがけの駄賃に主人の金を三両盗んだ咎(とが)だと役人は言った。それを聞き、平蔵はこの一件に目を瞑ることにした。

Photo_3 先程、物陰から見ていた老人が、平蔵の脇にやって来て、「あっしは、善八(花沢徳衛)ってもんですがね……」と気安く声を掛けてきた。さっきの女は、遠州・金谷の酒問屋、升屋市五郎の奉公人である、と告げた。だが、この升屋市五郎は評判の悪である、とも告げた。酒問屋のついでに、金貸し、女郎屋も営んでいるのだという。しかも、宿役人と組んで大井川の跳ね賃を横領しているのだと、とんでもない事まで知っていたのである。おしゃべりな善八に、うんざりPhoto_4Photo_9している平蔵は善八を振り切って旅籠“橋善”へ入った。てっきり善八を振り切ったと思っていた平蔵の前に、人懐っこい顔でまたしても現れたのである、しかも部屋は隣りと念が入っている。こうして善八に気に入られてしまった平蔵は、老盗人“伊砂の善八”による“盗法秘伝”を伝授されることになる。

Photo_5Photo_10 升屋市五郎が黒幕の賭場で弥吉(住吉正博)は、いかさま博奕で負けて五両の借金を作ってしまった。それが三十両にまで膨らんでしまい女房のおもよ(北川めぐみ)を借金の形に升屋へ年期奉公に取られ、あげく妾にするという。宿役人の鬼頭監物(須藤健)の屋敷で、先日のヤクザ者を発見した平蔵は、ただならぬ物を感じていた。升屋の向かいにある旅籠“山形屋”を宿とし、すべての悪をあぶり出すことに決めた。弥吉の女房おもよは、宿外れの宝生寺裏に監禁されているらしかった。その夜、平蔵は単身おもよ救出に向かい、難なく助け出して二人を逃がしてやる。そうこうする中、大井川が川止めになった。升屋の息がかかった宿役人によって、虱潰しに宿検めが開始されたのである。

Photo_7Jpg 伊砂の善八に入門した長谷川平蔵は、ついに初仕事に出かけた。先は、升屋市五郎宅である。女を充てがわれ酔い呆けて寝ている鬼頭監物や升屋市五郎、その女房を尻目に金蔵から千両箱一つを頂戴し、難なく成功した。その夜、宿泊先の旅籠“高砂屋”で善八は平蔵に成功報酬として五十両を渡す。そこへ鬼頭監物ら宿場役人が善八、平蔵を召し捕りにやって来た。が、平蔵からの報により高砂屋に駿府代官・米倉半四郎(佐々木孝丸)らも駆けつけ、鬼頭監物は逆に捕縛された。

Photo_8Jpg_2 その場を逃亡した善八は翌朝、隠した盗み金を掘り出していた。が、箱の中身は空になっていた。平蔵は善八が風呂に入っている隙に肌身離さず首へ掛けていた守り袋の中を盗み見て、金の隠し場所を知っていたのであった。金が無くなって落胆している善八に、背後から優しく平蔵はそれまでの経緯を伝え、五十両の金を渡して「これを元手に地道に小商いでもしろ。今度逢ったらそれまでと思えよ」と言い、木村忠吾を伴い去っていく。その後ろ姿を拝み手で見送る善八であった。

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鬼平犯科帳 '69 第二十九話

麻布ねずみ坂

Photo監督: 久松静児  原作: 池波正太郎  脚本: 松本昭典

出演: 松本幸四郎 (長谷川平蔵) 堺左千夫 (伊三次) 池田駿介 (山田市太郎) 加東大介 (岸井左馬之助)

ゲスト: 田崎潤 (白子の菊右衛門) 井上孝雄 (宗三郎/中村宗仙) 髙須賀夫至子 (お八重) 生田三津子 (お芳) 有馬昌彦 (上州屋作兵衛) 石田守衛 (五平) 川野耕司 (新兵衛) 木下ゆず子 (おたね) 阪 脩 (川谷の庄吉)

Photo_2【ものがたり】 大阪。上方香具師総元締“白子屋”菊右衛門(田崎潤)の店に一挺の辻駕籠が到着し、降りて来たのが菊右衛門である。帰ってくるなり子分の一人に「あいつら、何処や」と横柄に聞いた。あいつら、とは身内の宗三郎(井上孝雄)とお八重(髙須賀夫至子)の二人である。宗三郎は子分であり、お八重は菊右衛門の情婦である事から、お互いに好きになってはならない間柄だったのである。二人は後ろ手に縛られ多くの子分が見張るなか土蔵に押し込められていた。子分の一人が小声で「奴ら、大人しゅうしとります」と言った。菊右衛門が、「覚悟の上の色事やろなと」問うと、「死ぬほど惚れ合った仲だ。斬るなと、突くなと、好きにしやがれ」と威勢がよい。

Photo_3 菊右衛門は、お八重と宗三郎の縄を匕首で切り、「お八重は、呉れてやるわ」と言う。驚く二人に、「お八重は金で買うたんや。ただ呉れたのでは、他の者に示しがつかん。五年の猶予をやろう。五百両きちんと払うてもらおうか。五年経っても払いきれなんだら、その時は死んでもらう」という約束で、宗三郎は江戸へ、お八重は子分の新兵衛(川野耕司)が預かり、大阪で暮らす事になった。

_2 それから五年、宗三郎は麻布ねずみ坂で按摩・揉み療治“中村宗仙”として、大名や旗本屋敷にも出入りするような名高い医師になっていた。ある日、長谷川平蔵に招かれた宗仙は平蔵から「大したものだ。この術はさぞ名のある者から習得したのであろう」と言われ、宗仙は「父に仕込まれました」と言った。名のある大名、旗本の中には五十両もの治療代を払う者もいるという。療治が済み、治療代を渡そうとした時、宗仙が「どなたかいらっしゃった様でございます」と言うと、伊三次が訪ねて来ていた。続いて左馬之助もやって来た。左馬之助は入ってくるなり「妙な按摩だなぁ。猫みたいな奴だ」と言うと、「いや、あいつは犬だよ。庭先に伊三次が来たのを気づいていた」と言った。「あの男、ただ者ではないな」と左馬之助、「何度か白刃の下をくぐっているな、あの男。右腕に刀傷が二カ所」と平蔵も言った。

_2_2 宗仙が番町の旗本、松平某の立派な駕籠で自宅まで送られて来た。「お帰りなさいませ」と声を掛けたのは、普段から身の回りの世話をしてくれている隣りの長屋に住む大工の娘“お芳”(生田三津子)という女であった。茶を出し、洗い張りして縫い直した着物を宗仙に着替えさせている。宗仙は「私は、子供の頃から仕立て直しの着物を着せてもらった事がなかった」としみじみ語り、「うれしいのだが、これからは私の面倒は見ないで欲しい。まだ嫁入り前の娘だし、ここには五平(石田守衛)もいるのだから」と言う。そこへ、白子屋菊右衛門からの遣い“川谷の庄吉”(阪 脩)がやって来た。この男は三月に一度ほどやって来て、菊右衛門に返す金を受け取りに来ていたのである。

_2_3 表の長屋の入り口では、伊三次が煙草を吹かしている。お芳が長屋に帰ると、上州屋作兵衛(有馬昌彦)がお芳にと帯を持って来ていた。お芳は迷惑そうな顔をして裏へ回ってしまった。

Photo_5 宗仙の家では、庄吉が証文を出し「締めて、四百八十両か。残りの二十両はいつや。残りは後ひと月しかない。遅うても、来月の半ばまでには受け取らんと、間に合わんようになるで」と言っている。「来月の十日にまた来るで」と言い置いて帰って行った。

Photo_6 伊三次が「上方から宗仙を訪ねて来た男が居る。何処の者だか分からぬが、その男は両国を縄張りとする香具師の元締め“明烏の源兵衛”という家に入って行った」と報告した。源兵衛の身内の者から男は川谷の庄吉といい、大阪の香具師の大元締め白子の菊右衛門から差し回しの者で、三月に一度は必ず顔を見せる、ということまでは分かった。菊右衛門と宗仙との関わりはまだ分からない、と伊三次は言う。「当て推量ですが、宗仙は白子屋に強請られているんじゃありませんかね。かなり金回りが良い筈なのに、暮らし向きは質素で、稼いだ金を片っ端から白子屋に吸い上げられて居るんじゃねぇでしょうか」と言った。平蔵は「白子と宗仙を洗ってみろ、何か出て来るかも知れんぞ」と伊三次に命じた。そこへ同心の山田がやって来て、「北町奉行所から遣いの者が参っております。廻船問屋“長崎屋”が御禁制の抜け荷を扱っていた事が露見し、一家心中を図ったという事です」と告げた。

Photo_7 長崎屋から平蔵、左馬之助、伊三次らが出て来た所へ宗仙が現れたが、平蔵らを見届けると踵を返した。それを見咎めた平蔵は「宗仙、待て。顔色が優れないな」と呼び止めた。宗仙は「こちらの治療をしておりましたところ、思いがけない事になりまして……」と言った。宗仙は、返済の残りが心配だったのである。平蔵は「おぬし、長崎屋に死なれては困る事があるのではないのか」と図星を指されてしまった。

Photo_8 伊三次が火盗改役宅に戻って来た。「長崎屋からの治療代、五十両あまりを取り損ねたらしい」というものであった。「だが、待てよ。あの気の落とし様はただ金を取り損ねただけではないらしい」と大した眼力である。間近に迫った期日に、宗仙は途方に暮れていたのである。それまでは順調に行っていたものが、時として思うようにならないのであった。

_3 宗仙は自宅で飯も食わず頭を抱えて、ふて寝をしている。一回の治療代で何十両という大金が入る事もあったのだが、今はそのような口が掛からない。庶民の按摩治療代では二十両という金には程遠く、宗仙の焦りは頂点に達していたのである。そんな時、隣りの娘お芳が、そのような宗仙を見るに見かねて、縫い物の手間賃を貯めた三両の金を持って来た。だが、宗仙はお芳の金だけは受け取れない、と言う。「私には、上方に言い交わした女がいるんだ。名前はお八重。惚れ合って一緒になる所を、訳あって別れ別れに暮らしているんだが、金はその女の為に拵えなきゃならないもPhoto_9のなんだ。だからその金はお前から借りる訳にはいかねえんだよ。気持ちだけで充分なんだ」と話し出した。お芳は愕然としたが、お八重さんも喜んでくれる、と金を渡そうとする。だが宗仙は「お芳さんがこんなに心配をしてくれるのに、俺はお八重の顔がはっきり思い出せないんだ。顔だけじゃねえ。声も仕草も、この五年間、身を粉にして頑張って来たのに、その女の事を思い出せなくなっちまった。この二年ほどは、何の為に金を稼いでいるのか分からなくなっちまった。お八重の為より、男の意地だけ。俺に吠え面かかせようとする上方の、そいつに負けたくなかっただけなんだ」と男泣きする。残りの金多価を聞いたお芳はある事を思いついた。

 呉服太物問屋“上州屋”作兵衛の店にお芳は行った。恵比須顔で迎えた作兵衛に「お願いがあるんです。黙って私に二十両貸してください」と単刀直入に頼んだ。

Photo_12 宗仙は、急に「五平、私はこれから上方に行く。支度をしてくれ」と言い付けた。そこへお芳が作兵衛を連れてやって来た。作兵衛は、「話はお芳さんから聞きました。黙ってこれをお収めください。利息なしの催促なしです。どうぞ好きに使ってください。これっぽっちの金で、お芳さんやあなたに、どうこうしようって事はしません。あたしはお芳さんの思い詰めた気持ちに絆(ほだ)されましてね」と二十両の金を懐から出した。作兵衛の後でお芳は涙をこぼしている。

Photo_13 小料理屋の座敷で宗仙と庄吉が会っている。「よう出来たなぁ、大したもんや」と金を勘定しながら庄吉が言う。「俺は明日、お八重を迎えに上方に立つ」と宗仙が言った。それを聞いた庄吉は「お前が行く? それはあかん。それはまずいでぇ。あの親分のこっちゃ、お前の顔を見たらまた何を言い出すか分からんがなぁ。ここはわいに任せとき。お八重はんは、わしがちゃんと連れてくるよって。あと二十日ほどの辛抱やないか」と慌てだした。

Photo_14 宗仙から金を受け取った庄吉は、白子屋菊右衛門の家へ戻った。伊三次がしっかり後を尾けているのを庄吉は知らない。菊右衛門と新兵衛を前に、庄吉は「出来まっかいな、あんなガキに。二十両、締めて百八十五両」と金を前に出鱈目を言っている。新兵衛は「なんや、たったこれだけかい」と言うと、「三百両の余も余ましゃがって、親分に命乞いしてくれと虫の良い事を抜かしよりまんのや」と言う。それを聞いた菊右衛門は「どうや、新兵衛。わいの言うた通りやないか」と独りごちている。だが新兵衛は「あいつに限ってと思うておりましたんや」と言う。菊右衛門は子分二人にすぐに江戸へ立て、と命じた。宗三郎殺害の為にである。お八重は新兵衛の店“小料理・小雪”で真面目に働いている。お八重を預かっている新兵衛には「阿呆、女は殺すかいな」と言った。

Photo_11 新兵衛は自宅に帰り、お八重に宗三郎はとうとう銭が出来なかったと伝え、今ではすっかりお八重の事は忘れて、他の女と所帯を持っているそうだ、と作り話を聞かせた。お八重は「あの人は、たとえお金は出来なくても、何か一言でも言ってなかったでしょうか」と詰め寄るが、「親分は今でもお前に惚れてんねん。あんな男の事は忘れてしまえ」と言い含めた。今夜は菊右衛門がやって来ると言い、機嫌良く迎えなくてはならぬ、と言った。やがて新兵衛の店、小料理屋“小雪”に菊右衛門が現れた。愛想を言いながら菊右衛門を案内して来た新兵衛の女房は、お八重が待っている部屋へ通して驚いた。お八重は自害していたのである。

 伊三次は大阪から戻って火盗改役宅を訪れた。平蔵は左馬之助を相手に酒を飲んでいる。「庄吉って野郎、あんな悪党はいません」と出し抜けに言うと、「まぁ、待て。落ち着いて話せよ」と諫めた。「宗三郎が白子屋に払った粗方を、庄吉の野郎、白子屋に払わないで途中でネコババを決め込んでいやがったんで。野郎、その金で浜松に店を出していやがるんです」とまくし立てた。「世の中には悪い奴がいるもんだなぁ」と左馬之助が言い、「宗仙は五年の期日に五百両。目の色を変えて金を稼いでいたんだな。その五百両を菊右衛門が受け取っていないとするとどうなる?」と平蔵が言った。「菊右衛門という男。黙って見過ごすような男ではあるまい」と左馬之助が断じた。

 その夜、宗仙の家の前に白子屋の意を汲んだ子分二人が刺客としてやって来た。裏から上がって来るなり、二人は名乗りを上げ、命を取りに来た、と告げた。宗仙は約束を違えちゃいない、庄吉に五百両渡してある、と言うが二人は納得しないし、親分の命であるから逆らえない。「この仕打ちは、間違いなく白子の親分の差し金なんだな」と二人に確認した。そして二人を斬り倒し、何処へともなく姿を消した。そこへ左馬之助と伊三次が駆けつけて来た。

Photo_15 それから、十日ほど経って大阪の白子屋菊右衛門は江戸に差し向けた藤七と小平次の二人から、何の知らせもないのが気になり出していた。そして新兵衛に「まさか、しくじったんやないやろな」と言い、「あの二人や、間違いはおまへんやろ」と言った。部屋に入った菊右衛門は、宗三郎がいる事に驚いた。「てめえは、それでも大阪の香具師の総元締めか」と言う宗三郎に、後ずさりした菊右衛門は「なんや、殴り込みに来よったんかい」と明らかに虚を突かれた格好で腰が引けている。追い打ちを掛けるように「お八重を貰いに来たぜ。五百両巻き上げておきならが、よくも命まで狙いやがったな。俺は五百両の怨みを晴らすまでは、てめえになんぞに殺されやしねえぞ」と言う。大騒ぎになった白子屋へ、左馬之助と伊三次が縛り上げた庄吉を同行して来た。左馬之助は名を明かし、「名は申せぬが、江戸のさる御公儀のお役に就いている者の代理で参った。白子屋菊右衛門に溝鼠(どぶねずみ)一匹、届けるようにとな」と菊右衛門に告げた。伊三次に引き立てられ庄吉が菊右衛門の前に現れた。

Photo_16 そして、全てが露見した後、宗三郎は菊右衛門から、金の工面がつかなかった事を聞かされたお八重は、絶望して自害した事を聞かされた。我慢出来ない宗三郎は「お八重を殺したのは、てめえだろ!」と胸ぐらを締め上げた。為すがままの菊右衛門は「五年の間、男と女が色恋を通すとは、白子屋菊右衛門の負けじゃわい。堪忍してくれ」とうな垂れている。柱に縛り付けられている庄吉の縄を解き、宗三郎と一騎打ちさせる、と言う。庄吉には匕首を貸し与え、宗三郎にはお八重が命を絶った出刃包丁を与え、土蔵の中で怨みを晴らすのである。ところが庄吉は「勘弁してくれ、金は返す」といきなり土下座をしている。が隙を見せた途端、庄吉の匕首が卑怯にも宗三郎の右太ももを刺した。「どうせ助からん命や。お前道連れにして死んだるわい」と往生際が悪い庄吉であった。宗三郎は土蔵の外で皆が見守る中、左腕を斬られながらも見事本懐を遂げた。

 江戸へ帰り、左馬之助は平蔵に「傷の癒えも早々に、宗三郎は菊右衛門に連れられお八重の墓参りをした」と告げた。また菊右衛門は、自分の不始末だと五百両を宗仙に与えた、とも言ったが「金は返って来ても、女は生きて帰らんからなぁ」としみじみ言うと、平蔵は「哀れな男よなぁ」とぽつりと言った。「宗仙は必ず変わる。貧しき者の友として……また、お芳のところへ必ず戻ってくる、と伝えよ」と伊三次に言う。

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鬼平犯科帳 '69 第二十八話

縄張り

Pdvd_028監督: 小野田嘉幹  原作: 池波正太郎  脚本: 早坂暁

出演: 松本幸四郎 (長谷川平蔵) 竜崎勝 (酒井祐助) 古今亭志ん朝 (木村忠吾) 市川五百蔵 (竹内孫四郎) 池田駿介 (山田市太郎) 北川陽一郎 (山崎国之進)

ゲスト: 宮口精二 (芝の治兵衛) 船戸順 (岩渕の又蔵) 加賀邦男 (羽沢の嘉兵衛) 上田忠好 (鹿渡の島之助) 高角宏暁 (船戸の権) 富田仲次郎 (追分の重八) 松下砂稚子 (お才) 幸田宗丸 (向嶋の徳平) 松本染升 (三の松の平十) 今福正雄 (黒谷の勘五郎) 鵜沢秀行 (打上げの仙太郎) 吉野敬子 (おみね)

Pdvd_030【ものがたり】 本郷と下谷が縄張りの“三の松の平十”(松本染升)の家。平十が心臓を脇差しで貫かれたまま死んでいる。その傍らで女房のお才(松下砂稚子)が寝間着のまま呆然と座っていた。鹿渡の島之助(上田忠好)が「女将さん、来ました」と一言お才に告げた。黒谷の勘五郎(今福正雄)が火盗改の長谷川平蔵以下、同心・酒井、竹内、木村を案内して部屋へ入って来た。お才は「平十の女房、お才と申します。お役目ご苦労様でございます」と挨拶した。

Photo 「お前、亭主が殺された時、隣りで寝ていたのだな」と平蔵が尋ねた。お才は「はい。でもすっかり寝込んでおりまして……」と言う。平蔵は「気がつかなかった……」その時、酒井が「獲物は脇差し。背中より心の蔵を正確に一突き。これでは声を上げる間も無かったでしょう。玄人の仕事です」と告げた。平蔵は「おい、死体を上げろ。畳ごとだ」と命ずると、平十の若い衆が畳を上げようとすると、平蔵は押しとどめた。床板を外し、そこへ酒井が入った。庭先から寝所まで抜けられたのであった。平十の死骸から酒井が脇差しを抜き、「備前、二尺物」と言った。お才に平十の目を閉じてやれ、と命じたところへ、子分の岩渕の又蔵(船戸順)が入って来た。

Photo_2 平蔵は帰り際、子分の勘五郎に「平十はいくつだ」と聞くと、勘五郎は「五十……」と口ごもるところへ脇にいた子分の島之助が「五十三で」と口を挟んだ。「長生きだな。本郷、下谷界隈でこれだけの縄張りを張るには、これまで随分と無理な血を流したであろう。違うか」と平蔵。言われた勘五郎と島之助は嫌な顔をした。そこへ同心の山田が血相を変えて駆け込んで来た。「場所はどこだ!」という平蔵に「広小路で」というと、火盗改の一同は平十の玄関から走り出た。

 女が一人、同じように殺されていた。下女に問いただすと、女は三の松の平十の囲われ者だという。布団を剥いだ平蔵は女の腹に手を当て「子持ちだ」と言い、「生まれていれば、平十の二代目……。この物取りの狙いは平十の縄張りさ」と言った。

Photo_3 平十の葬儀が営まれた。酒井と木村が見張っている。その前を王子・巣鴨一帯でのし上がって来た元締め“追分の重八”(富田仲次郎)と黒谷の勘五郎、大物と言われる羽沢の嘉兵衛(加賀邦男)と鹿渡の島之助がそれぞれ連れ立って本堂へ向かった。羽沢の嘉兵衛は仏面だが奴の指図一つで千人の子分が動くそうだ、と酒井が言っている。本堂に集まったお歴々にお才が礼を述べると、向嶋の徳平(幸田宗丸)から跡目の話が出た。お才は「この正月に、平十は岩渕の又蔵に跡目を継がせると申しておりました」とPhoto_17言うと、後に控えていた又蔵が「女将さん、いけません。あれは酒が入った席での話です。酒の上での座興です、どうぞお聞き捨てください」とお歴々を前に言う。正月の席で、思ったより長生きしたと言う平十は「俺の縄張りは血の池みてぇなもんだからなぁ。俺が殺られた後は、おめえは女だから、決して縄張りに執着しちゃいけねえ。すぐ身を離して国へ帰れ」と言い、「跡目は又蔵どんに継いでもれぇてえんだ」と言った途端、勘五郎と島之助の顔つきが変わった。平十の子分になってまだ三年だが、平十は又蔵を高く評価していたのである。黒谷の勘五郎、鹿渡の島之助も同席しており、跡目の事は分かっていたのであるが、それぞれに思惑があり、それぞれに紐が付いていたのであった。

Photo_5 向嶋の徳平が、「平十どんがそこまで言ったんなら、決まりじゃねえか。今はおめえさんの都合を聞いている訳じゃねえんだぜ。一日だって縄張りを空けちゃいられねえんだ」と言うと、横から羽沢の嘉兵衛が「そりゃ良いが、芝の治兵衛(宮口精二)元締め抜きじゃこの話は決められねえよ」と言うと、追分の重八も「生憎、一昨日から箱根へ湯治に出ていなさるんだそうだ」と言った。徳平は「こPhoto_10の大事な時に……」と苦い顔をする。嘉兵衛は「箱根へは、すぐこちらから使いを出そう。出来るだけ早く帰ってもらって、それで三の松のシマの決まりをつけよう。皆さんそれで良いね」と言った。お才は「シマの事は元締めさんたちにお任せ致します。あたしは、平十の言う通り、早速明日にでも国に帰ります。それがあの人の言い置きでございますから」と言った。

 平蔵は酒井の報告を聞き、「ほおっ、あの女、国に帰るのか」「はい。岩渕の又蔵が三河まで送って行くそうでございます」と答えた。平蔵は「あの女、利口者だな」と呟いた。

 又蔵はお才に別れの挨拶をしている。お才は「何度も言うようだけど、又蔵さんは江戸には帰らない方が良いと思うよ。面倒な事に巻き込まれないようにね」と言い、「へえ、好きな女も残して来ておりやすから……あっしは、シマなんぞに興味はありやせんし、柄でもありやせんから」と言う。「又さん。お前さん、あたしを疑ってるんじゃないだろうね」「何をです?」「なら良いんだよ」……

Photo_6 「昨夜、羽沢の嘉兵衛宅に、鹿渡の島之助が出向き、密談数刻に渡りました」と酒井が報告している。「島之助は、三の松の子分を自分の側へ着けようと、毎日のように食を振る舞っております」と言うと、平蔵はニヤリと笑いながら「羽沢の嘉兵衛の道具にされているのが、分からねえのか」「黒谷の勘五郎ですが、これは追分の重八と駒込の料亭“浜野屋”で会合を重ねております」と付け加えた。「箱根の湯は放蕩に効くのかのぉ。忠吾、お前も早く病を治しておけよ」と言われた木村は、「はぁ?」と訳が分からずにいた。そこへ竹内が「又蔵が三河から帰って来ました」と告げると、平蔵は「馬鹿な奴だ!」と言い捨てて奥へ入ってしまうと、木村は「馬鹿な奴とは、私の事を言ったのでしょうか」と言い、一同は狐に摘ままれたようになってしまった。
 
Photo_12 又蔵は情婦の“おみね”(吉野敬子)の所にいた。「きょうは休み」と貼り紙がしてある、川っ縁にある小さな泥鰌屋である。「もう帰って来ないのかと思って……嬉しい」とおみねが又蔵に抱きつく。「心配。あんたが三河へ行ってから、変な男がここいらをウロウロしてたんだよ」「俺のほうは、藤沢辺りから尾けられていた」「本当!」Photo_8「大きな声を出すねえ。泣いたり、わめいたりしねえ約束で一緒になったんじゃねえか」「だって……あのまま遠くへ行っちまえば良かったんだよ」「どこへ行ったところで同じさ。俺の体には何人もの人の怨みが掛かってるんだ。俺が手に掛けた男の肉親やら子分やらが俺の命を……」「もうよしとくれ」と……。中の様子を覗っている男がいた。打上げの仙太郎(鵜沢秀行)と言う追分の重八の息のかかった殺し屋である。

Photo_9 その男が、追分の重八と黒谷の勘五郎が待っている部屋へ入ると、重八が「帰って来たのかい。で、芝の大元締めの様子はどうだ」と聞く。男は「寝たきりで。まだあの様子じゃとても」「じゃあ、まだ当分は帰って来られねえんだな」と重八はニンマリと頷いた。「おう、勘五郎どん。この男だ、凄えって言ってたのは」「又蔵が帰って来てますぜ。今、情婦(イロ)の所です」と告げた。浮き足立つ勘五郎の前で重八は「殺れるかい」と言うと、男は「百両なら、今夜にでも」と答えた。勘五郎は「殺った方が良い。奴は殺しにかけちゃ凄腕だ。ぼやぼやしてたら、こっちの方が殺られちまう」と怯えている。重八は「まぁ、俺に良い考えがある」と猪口をぐいっと干した。

 火盗改の用部屋に木村が書き物をしているところへ平蔵がやって来て、「箱根へ行け」と命じた。「お前の病を治すのだ」と言う。忠吾は「私はやはり病なので?」と聞くと、「放蕩の報いだ」と言われてしまい、忠吾は俯いてしまった。平蔵は「早く支度しろ。すぐ行くぞ」と言った。「今にも血の雨が降ろうという時に……」とぶつぶつ言っていると、「死にたくなければ、急げ!」と追い打ちを掛けられてしまった。

Photo_11 夜になって又蔵とおみねはまだ寝間着のままの姿であった。おみねが「ねぇ、あたしも一緒に行くからさぁ。いっそのこと、どこぞの山の中へでも入って、ひっそり百姓でもしたら……」「女という生き物はいつになっても、幾つになってもそれだ……俺の手が匕首の他に何が握れると言うんだ」「あんたは、何も握らなくて良いんだよ。あたしが……」「おみね。俺ぁなあ、ちょっと面白くなって来たんだ。今度の騒ぎだ。三の松の縄張りを、どっちがモノにするか、見物してえ気になってるんだ」「あんた、まさか。どっちにも味方しないんだろうね」と、その時、表の戸を激しく叩く音がした。

Photo_13 又蔵は、追分の重八と黒谷の勘五郎が待っている部屋にいる。勘五郎が又蔵に酒を勧め、徳利を差し出した。隣りの部屋では、仙太郎が脇差を構えて潜んでいる。重八が「実は、頼みがあって来てもらったんだ。人をね、一人殺ってもれえてえんだよ」「何処のどなたです」「両国の元締め、羽沢の嘉兵衛さんだよ。どうかね」「金次第でございますよ」「金積めば、殺ってくれるかい」「あっしには、それしか脳がございませんのでね」。「気に入った」という重八の横合いから勘五郎が「百両」と声を掛けた。又蔵は「両国の元締めが百両ですかい」と言うと、「百、百五十両出そう」という勘五郎に又蔵は薄ら笑いを浮かべている。重八は「良ぅし。二百両」「承知。しかし、手順は今夜中に頂けますね」と言う。「良かろう」というのを聞いて、仙太郎は脇差を収めた。

Photo_23 夜道を又蔵が走る。火盗改の酒井と竹内がそれを追うが、速すぎて追いつけない。又蔵を遮る男がいる。「又蔵さん」「誰でえ」「打上げの仙太郎です」と名乗り、「羽沢の者です。ちょいと顔を貸しておくんなさい。うちの元締めが是非話したい事がありなさるんで。是非とも」……嘉兵衛に呼ばれた部屋に通されると、袱紗に包まれた三百両を出し、「これで、追分の重八を殺っておくれ」と双方から殺しを頼まれる。又蔵は、こいつは面白れえ事になって来た、と心の中で呟いた。嘉兵衛は「持ってお行き」と鷹揚に言い、「ほぅら、やっぱり引き受けてくれたじゃねえか」と声を掛けると、襖が開き鹿渡の島之助が姿を現し、「又蔵どん、頼みますぜ」と声を掛けた。

 泥鰌屋に帰り、おみねに「全部で五百両ある」と金を出した。「この金を持って、明日の朝早く江戸を出ろ。訳は聞くな」と言った。「そうだなぁ、良いか。三河の平十親分の女将さんがいる。あのお人に身の振り方を頼んでみろ。五百両あれば、どうにでもなる」と言うと、「やっぱり、あんた元締めになる気なんだね」と、「そうじゃねえ。元締めになりたくってやるんじゃねえんだ。面白えからやるんだ。俺ぁ、この稼業に入って十年になるが、ただの一日だって面白え日はなかったぜ。吐き気がするような毎日だった」と言いつつ、一つになった……。

 火盗改用部屋へ立ち寄った酒井と竹内は宿直の山崎より、平蔵は木村を連れて箱根へ出かけた、と聞いた。「何て事だ」という酒井に「酒井さんへの言付けとして、平十の事件には手を触れるな、と言っておられました」と聞かされる。「お頭は我々に何か隠しておられる」と考え込む酒井。

 翌朝、人気の無いのを確かめて、「品川へ着いたら、旅支度になれ」とおみねに言い含める又蔵。「きっと、三河に来ておくれよ」と言い残し、おみねは出て行った。又蔵はすぐに戸口の心張り棒をかって、天井裏の小部屋に上がって梯子を外し、脇差を抱きながら寝てしまった。

Photo_14 江戸から馬を飛ばして箱根までやって来た酒井にのんびりと釣り糸を垂れながら「弱ったなぁ」と言う平蔵。「弱っているのは、私たちです」と憮然とした顔で酒井が言う。「見ぬ振りは出来ぬかなぁ」即座に「出来ません」という酒井。「三の松の縄張りでは、明日にも殺し合いが始まりかねません」と言う。「おぬし、湯に入って行かんか。忠吾、案内してやれ」と暢気な事を言っている。「お頭。我々に話せぬ事があるのですか」と尋ねた。「出来れば、話したくない。もう暫くの辛抱さ」と平蔵は言った。

 泥鰌屋の戸を激しく叩く音に又蔵は目を覚ました。戸を蹴破って重八の子分どもが押し入ってきた。上から覗いていると、殺し屋の仙太郎が、「もう居ねえよ。もたもたしてる奴じゃねえ」と出て行ってしまった。又蔵は「やっぱりバラしに来やがったか」と呟いた。

 「芝の大元締めが帰れば、縄張り争いは未然に収まると」と酒井が言う。猪口を片手に平蔵は「帰らないなぁ、あの男は」と言った。「体の具合が悪いので」と酒井。「いやぁ、毎日のように、下の川っ縁を歩いているよ。帰ればまた面倒な騒ぎに巻き込まれるからだ」と言うが、酒井は「我々が帰るよう説得したらいかがでしょう」と言うと、「いやぁ、儂は芝の爺さんと同じ考えだ。放っておけば争いは収まる、という考えだ」と言う。

 夜になって、泥鰌屋の裏部屋から梯子が降り、又蔵が現れ「又蔵、さぁ面白れえ仕事を始めるぜ」と呟いた。

Photo_15 夜道を、子分に周りを守らせた重八が駕籠に乗っている。又蔵がふいに現れ、あっという間に重八は仕留められた。また嘉兵衛の家の前が騒がしい。嘉兵衛と島之助は別の誰かに殺されていた。又蔵は「誰が殺りゃあがった」と歯噛みしている。朝になって又蔵は泥鰌屋へ帰って来た。店に潜んでいた仙太郎に不意を突かれて殺られてしまった。

 江戸での縄張り争いの一件を竹内が箱根まで知らせに来た。それにより、追分の重八、羽沢の嘉兵衛、鹿渡の島之助。それに岩渕の又蔵が泥鰌屋で殺害された事が判明した。平蔵は「夕べ殺害されたのは四人か」と呟くと、忠吾が「最初から数えると六人です」と言うと、「まだ増えるだろうなぁ。それを待っているのだ。汚ねえ奴らは、汚ねえ奴らに始末させれば良い」と平蔵は言った。

Photo_16 湯治場の宿の部屋へ風呂上りの仙太郎が入っていった。そこには大元締めの“芝の治兵衛”(宮口精二)が座っていた。「この度は、ご苦労さんだったねぇ。良くやってくれなさった」と仙太郎に声を掛け、「これは、少ねえが約束の二百両だ」と言って袱紗にくるんだ金を出した。金を受け取る仙太郎に「一晩でカタが付いたとは、目出度えこったよ」と笑っている。「これで、三の松の縄張りはそっくり大元締めの物で」と愛想を言っている。「みんな何処の誰とも知れねえ奴の手に掛かって、バタバタと死んじまっちゃ、こりゃどうしてもこの儂が乗り出さずばなるめえよ」「どうだね、お前さん。下谷のシマを持ってみる気はPhoto_18ないかね。これだけの手柄を立てなすったんだ、それ位の事はしてあげたいねえ」と治兵衛は言う。酒を勧めた後「女を用意してあるんだ。気に入るといいがねぇ。お前さん、ちょっと目をつぶってておくれ」と、その気になった仙太郎は懐手ににやついている。「さぁ、入っておくれ」と合図する。仙太郎の後の襖が開き、襦袢を羽織った男“ 船戸の権”(高角宏暁)に刺されてしまった。「お前さんも、この芝の治兵衛にゃ、太刀打ちできなかったねぇ」と、治兵衛という男は、そこまで用意周到な男であった。「これで、明日は江戸だ。病気でもねえのに、随分と長いこと湯治をしたもんだ」と盃を干した。そして船戸の権に「金はそいつの懐にあるぜ」と言った。

Photo_19 障子を開け、部屋を出て行こうとした男に当て身を食らわせた平蔵が立っている。誰だ、という治兵衛に「一人酒は退屈だろうと思ってな……」と言った。治兵衛は「鬼平!」と目を瞠った。「肝心要の勧進元を捕まえたくてねぇ。病もねえのに、長いこと湯治をさせて貰ったよ」と平蔵が治兵衛に語りかけた。「貴様、俺の上を行く悪党だ」と憎々しげに言う治兵衛に、「何、悪党だと」と言った平蔵に治兵衛は立ち向かって言ったが、脇差しを取り上げられ、「掛かって来るも良し、死ぬも良し……」と言うと、治兵衛は平蔵から脇差しを取り上げ、「おめえさんの遣り口は良く分かったよ。こうすりゃ気が済むんだろう」と脇差しを己の胸に突き立てる振りをして、平蔵に斬りかかった。が、適わず腹に脇差しを突き立てた。「悪党は自分で留めを刺すだろうよ」と平蔵は言った。「てめえは、大芝居の勧進元は、俺だと思ってやがんのかい。どっこい、違うぜ。俺も頼まれ仕事さぁね」と言う。「何、そいつは誰だ」「ええい、言うもんかい。金輪際言わねえ」と言いつつ果てた。平蔵は「誰だ、そいつは」と睨んでいる。

Photo_20 湯治場での一件も落着した所で、平蔵ら一行は旅支度を終えた。今回の平蔵の遣り方に不満が膨らんだ酒井と忠吾は、釈然としない様子でいた。「このような取り締まり方は……」という酒井に、「着いて来られなきゃ辞めるも結構。悪というものにはな、取り澄ました顔じゃあ立ち向けえねえもんだ。奴ら言ってるじゃねえか、俺を鬼だと」「勧進元は、あの女だ。子がなく、囲い者が懐妊したと知って、憎さのあまり平十と妾を殺し、治兵衛に後の事を相談した」と平蔵は目星を付けた。

Photo_22 お才はのんびりと池の鯉に餌をやっている。そこへ又蔵の女おみねが出刃包丁を構えて立っている。「あんたのせいで、あの人は殺されたんだ」「何で、あたしのせいなんだよ」「あの人に縄張りを押しつけようとしたんじゃないか! 返せよ! あの人を戻しておくれよ!」と必死の形相である。縺れた末に、お才もおみねも死んで、生き証人は死に絶えた。

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鬼平犯科帳 '69 第二十七話

五年目の客

Photo_2監督: 小野田嘉幹  原作: 池波正太郎  脚本: 井手雅人 服部一久

出演: 松本幸四郎 (長谷川平蔵) 竜崎勝 (酒井祐助) 堺左千夫 (伊三次) 市川五百蔵 (竹内孫四郎) 池田駿介 (山田市太郎) 北陽一郎 (山崎国之進) 加東大介 (岸井左馬之助)

ゲスト: 小川真由美 (お吉/喜蝶) 織本順吉 (江口の音吉) 下川辰平 (忠兵衛) 石田茂樹 (松蔵) 五月晴子 (お菊/八重菊) 金内喜久夫 (忍師の源兵衛) 小林勝也 (弥七) 九重ひろ子 (おたか)

Photo_3Photo_4【ものがたり】 ある夜、女郎屋“百足屋(むかでや)”では女郎同士が喧嘩をしている。朋輩の客を盗ったと怒っている源氏名を“八重菊”(五月晴子)という女と他の女郎。脇でオロオロしながら止めている源氏名“喜蝶”(小川真由美)という陰気な女。そこへ男衆がやって来て、「二階の客がおめえを呼んでるから早く行け」と言う。喜蝶が「本当にあたしで良いんですか」と言うと、男衆は「おめえの方が気鬱がなくて良いんだとさ。今夜は腰が抜けるほど飲みたいんだとよ。だから相方はお化けじゃなきゃ何でも良いって言ってるぜ」と冷やかし半分に言うと、女どもは一斉に薄ら笑いを浮かべたが、八重菊だけは「何が可笑しいんだい。このアマ」と先程の続きを始めだした。

Photo_5Photo_6 喜蝶が二階の座敷へ入ると、男は猪口を干しながら「やれやれ、やっとお出ましか。手酌の酒は味気なくってね」と言った。酌をする喜蝶に猪口を渡そうとするが、「私は不調法で……」と断ると、「お前さん、そんなに愛想がなくちゃ馴染みも付かないね」と言う。喜蝶は一つため息をついた。「またそれだ。ため息だよ、地べたの中へめりこむような……おめえさん、自分じゃ気がついてないんだろ」「すみません。いつの時分だか、ため息をつくのが癖になってしまって……」と言う。「おめえさん、干支は何だい」「巳年です。いつも年より老けて見えるってよく言われるんです」とボソリと言った。「そうかい、巳年かい。巳年生まれが器量良しだって言うがな」と喜蝶の顔を見ると、なかなかの美人なのであるが、陰気臭さい女なのである。

Photo_7Photo_8 「お客さん、何か良い事があったんですね」と言うと、男は「仕事さ。半年かけた仕事がうまくいった。この半年の間、酒が旨く飲めなかった。そうそう、これを預かってもらおうか。お前さんは正直が取り柄だ」と荷物の中から財布を出し、喜蝶に渡す。「重いんですね」「何ぁに、五十両ばかしさ」「あまり沢山だと、お足だって気がしませんね」と良いながら色紙細工の小箱に仕舞った。「葉っぱに化けるかも知れねえぜ」と冗談を言うと、初めて喜蝶は僅かに笑った。

Photo_9Photo_10 百足殿の勝手口から岡っ引きが入って来、台所で盗み酒をしていた使用人の男女に「お上の御用だ、騒ぐんじゃねぇぜ」と言って、奥へ入って行った。手水場から出て来た男に「江口の音吉。神妙にしろぃ!」といって十手を打ち振るった。男は盗人“江口の音吉”(織本順吉)というお尋ね者であった。部屋へ戻った喜蝶は腰を抜かしてしまったが、男の荷物はそのままであり、小箱に入れた五十両の事を思い出した。

Photo_11 数日後、百足屋へ男“忍師(おし)の源兵衛”(金内喜久夫)がやって来て「喜蝶を」と言った。ほっかぶりをした音吉が待つ店へ源兵衛が現れ、「喜蝶は、おめえの金ごとズラかったとよ。おめえ女好きなくせに、なまじ色男振るからよ」と茶化された。音吉は一言「くそっ、あのアマ」「この半年、タダ働きだったなぁ」と源兵衛。

Photo_12 それから、五年。旅籠“丹波屋”忠兵衛方へ旅の商人が荷を担ぎ現れ、「ちょっと長逗留になるかも知れないよ」と入って来た。番頭がお客様ですよ、と女将を呼んだ。男は二階へ上がっていく。その後ろ姿へ女将が「いらっしゃいませ」と声を掛けた。番頭が宿帳を持って二階から降りて来、「先程のお客さん。泉州の府中からの商用で、ご逗留だそうでございますよ。心付けを頂きました」と言うと、「そうかい。じゃあたしもご挨拶しとこうかね」と客の部屋へ出向く。そして礼を述べPhoto_13た後、客の顔を見て驚いた。五年前の“百足屋”での事を一瞬にして思い出してしまった。客はあの時の盗人“江口の音吉”であり、女将は陰気な女郎“喜蝶”今は旅籠“丹波屋”のお吉であった。音吉は喜蝶であるとは気づかず、怪訝な顔をしている。女将は逃げ出す様に部屋を後にした。客の音吉は、女将が俺に気があるのではないかとニンマリし、お吉は“あの時盗んだ金を奪い返しに来、強請られる”とそれぞれの思いが交錯していた。それからは、音吉の目が気になって仕方がない。とうとう、客は女将を部屋へ寄越すようにと女中に伝えた。

Photo_14 お吉は音吉の部屋を訪れると、音吉が見当たらない。部屋へはいると屏風の後から音吉が現れ、「女将さん、仲良くしよう」と後から抱きつかれた。藻掻きながら「ここじゃ嫌……。離して下さい」と咄嗟に言い、「ここじゃなきゃ、良いんだね」と音吉はニンマリした。そこへ「お吉、お吉」と亭主の忠兵衛(下川辰平)が呼ぶ声がする。音吉をはね除けお吉は急いで階下へ逃げた。

Photo_15 船宿の二階の部屋で平蔵と岸井左馬之助が飲んでいる。最近、左馬之助が岡場所の女に入れ揚げている、という話を平蔵が始めた。すると左馬之助は、「女とは一体どういった生き物なんだろうな」と平蔵に問う。「女とはいう奴は、ずるくて、嘘つきで、浮気で、淫らで、煮ても焼いても喰えねぇ代物だ」と言って笑っている所へ密偵の伊三次がやってくる。階下を流れる川を小舟に乗っている一人の男を指さし、「あの男は、遠州の大物“狭間の文蔵”の手下で、江口の音吉」と言うと、平蔵は「あの男の行く先を突き止めろ」と命じた。

 音吉が出向いた先の店では、お吉が待っていた。部屋に入ると「来てくれたんだねぇ。まさかと思っていたんだぜ、嬉しいよ」と音吉が言う。「窓を閉めてください。お願いです」というお吉。「窓の外は大川だよ。誰にも見えやしませんよ」と音吉が言う。

Photo_16 伊三次は火盗改メ役宅で「小半刻もして、年増が先に辻駕籠で、しばらくして音吉が出て来ました。新橋(あたらしばし)から豊島町、お玉が池を通って、東神田の白壁町の旅籠“丹波屋”へ入りやした。女中にあたってみますと、三日前から府中の小間物屋という触れ込みで泊まっておりやす」と報告した。「もう一つ、あっしもびっくりしやしたが、逢っていた女というのが丹波屋の女将のお吉って女で」と言った。「こぢんまりした旅籠で、亭主の忠兵衛も悪い奴じゃなさそうですが、旗本や御家人衆相手の高利の金貸しだそうで、中には金が唸ってますぜ」とも言った。伊三次は、音吉は引き込みだと思う、と言うと、聞いていた左馬之助が「引き込みとは何だ」と尋ねた。同心の酒井が説明をする。平蔵は酒井に、丹波屋周辺に見張りを置け、丹波屋に気取られてはならぬ、と命じた。左馬之助が「そのお吉という女は音吉の仲間なのか」と尋ねると、伊三次は「音吉はおつとめに女は使わない筈ですがねえ」と言う。それを聞いていた平蔵は「伊三次、丹波屋の女将から目を離すなよ」と言った。

Photo_17 伊三次が丹波屋の女中から聞き込んだ話では「奉公人の請けも良く、近所でも丹波屋は女将さんで持っているというぐらい評判で、湯島天神下に信州上田の在から呼び寄せた中風で寝たきりの親爺がいるんですが、養い親で血の繋がりは無いんだそうです」と言った。苦労人なんですねぇ、物心付かない内に母親に死に別れ、養子に出された先が、これまた火のつくような貧乏人だったもんで、自分から年季に出て奉公先を二度、三度と移った挙げ句、十五、六の時は江戸で働いていたらしく、で、五年前、団子坂下にこぢんまりした小料理屋を出し、で今の丹波屋忠兵衛に見初められたというか見込まれたと言いますか……」と平蔵に告げた。平蔵は「小料理屋を出す金はどう工面したのだ……」「そこなんです。江戸へ出てから小料理屋を開くまで、そこん所がさっぱり……皆目、ネタが上がらないんで。その五、六年の間を知っている者が一人もいません」と言った。

Photo_18 お吉は思いあまって昔の朋輩のお菊(八重菊)を訪ねた。今では浅草で小料理“巴”の女将に納まっている。お吉は五年前の盗人が店に現れ、その男の言うが儘、肌を許してしまった事をお菊に話すと、「何て馬鹿な事をしたんだ。あまりに浅はかだよ。それじゃ男をつけあがらせるばかりじゃないか」「お役人に訴え出ようにも、あたしの昔の事だけ内緒にする訳にはいかないし……昔の事がPhoto_19家の人に分かってしまったら……」と歯切れが悪い。「あたし考えたんだけど。正直に話をして五十両を返して、昔の事は忘れて欲しい、と頼んだら分かってもらえるんじゃないかねぇ」というお吉に、「相手は悪党だよ、正直が通るもんかね。あんたも男って獣を良く知っている筈じゃないか」と言われてしまうと、二の句が継げないでいる。「良いかい。金輪際、体を任せちゃいけないよ。弱気を見せちゃダメだよ、強気になりなよ」と諭され、お吉は気落ちしたまま帰って行くしかなかった。伊三次が尾けていた事は言うまでもない。

 音吉は呼び出した料理屋で、待てど暮らせどやって来ないお吉に苛立っていた。仕方がないので勘定を済ませ料理屋から出た音吉を火盗改の同心・酒井と山田が尾けていた。

Photo_20 丹波屋では、お吉がふさぎ込んでいる。何も知らない女中が「旦那さんが、十番の部屋でお茶が欲しいと言ってます。あの長逗留のお客さん、おもしろい人ですね」と無邪気に声をかけた。主人の忠兵衛は音吉の部屋に入って、暢気に将棋を指していた。お茶を持って行き、すぐ退室する後から忠兵衛には「“はばかり”へ行ってきますからね。じっくり考えていてくださいよ」と尾けて来た音吉に納戸へ引きずり込まれ「明日の晩。今度すっぽかしやがったら、分かってるだろうな」と凄まれてしまった。

Photo_21 湯島天神境内の石段で、音吉は箍(たが)やの風体をした仲間の源兵衛に丹波屋の見取り図を渡している。「押し込みは明後日、刻限は八ツ」と申し合わせて別れた。源兵衛が「おめえ、また悪い虫が起きたなぁ」と言うと、「丹波屋の女房か。あれは面白れぇ女でよ、初手から俺を見て良いなりだ。よっぽど浮気者なんだぜ」と、昔の喜蝶であることをまったく覚えていなかったのである。

Photo_22 山田と伊三次が役宅に帰って、山田が「丹波屋の女房お吉の昔の素性が分かりました」と言い、伊三次は「あの女は五、六年前に品川で宿場女郎だったそうです」と告げた。当時の朋輩で小料理屋をやっているお菊という女の亭主から聞き込んだ話なんですがと言い、「女房とお吉は隠し仰せていると思ってるようですが、あたしは知っているんです。お吉さんだって、昔の事が旦那に知れたら離縁Photo_41 になるかも知れません。ですからそっとしといて下さいな」と伊三次は言われた。また、五年前に百足屋をズラかる四、五日前にお吉の客だった男が音吉ではないかと告げた。お吉と音吉は昔から知っていた、という事になるが、平蔵は「違うなぁ」と言う。そして、音吉は今日の昼、湯島天神境内で“狭間の文蔵”の配下らしい男と会っていた。それを聞いた伊三次は「その男は箍直しの道具を持っちゃあいませんでしたか」と聞き、「そいつぁ、忍師の源兵衛に間違いありません」と答えた。即刻、丹波屋の見張りを増やし、音吉の動静には特に目を離すな、と厳命した。

Photo_42 横で成り行きを見ていた左馬之助は淋しそうな顔つきになり、「役目柄とは言え、嫌な仕事だなぁ……人の隠し事を情け容赦なく暴き出しす。せっかく安穏に暮らしているのに波風を立てて不幸せの種を蒔く。因果な仕事だ。哀れだ、そのお吉という女。長い苦労の末につかんだ幸せだろうに……」と思い詰めたように呟いた。

Photo_43 丹波屋では、音吉が出かけるところであり、「女将さんが見えないね。呼ばなくて良いから、昨日頼んだ事を宜しくお願いしますよ、と伝えてくださいな」と番頭に言い置いて出かけた。お吉は、もうどうして良いか分からず、かと言って亭主に相談も出来ず、ただ泣くばかりであった。そこへ番頭が、「番町の榊原様から頂いて来ました五十両でございます」と言って袱紗に包まれた金を受け取った。一度は金箱に入れたのであったが、それを持ってお吉は出かけた。伊三次がその後を尾ける。

Photo_44 音吉は料理屋で待っていた。そこへお吉がやって来た。「一人の酒は、まずくっていけねぇや。酌でもしてくんな」と言うと、「膳に金を置き「受け取って。お金を返せば文句はないはずでしょ」とお吉が言う。包みを開いて五十両を見た音吉は、狐に摘ままれた様な顔つきであった。「確かに私が悪かった。でもあの時あたし、いっそ身投げでもしようかと言うくらい、切羽詰まっていたんです。そんな時に大金をPhoto_45見せつけられた。見せつける方が罪作りだ。あんまりひどい。そうじゃありませんか。でも、おかげであれからあたしの運が開けたんです。一生恩に着ます。だから考えに考えて、やっぱりこうしなきゃ収まらないんだ。罰が当たったんです。自業自得だと思ったんです。どうかもうこれ以上いじめないで下さい。二度と丹波屋へは来ないで下さい、ねっ。」と、そこまで聞いた音吉は「ちょっと待った。返せば文句はねえって?」「あの晩預かったのも五十両」「あの晩?」「百足屋で。あたしの本部屋です。お手入れがあって逃げたあの時の……」と言いかけた時、Photo_46急に音吉が笑い出した。その時、お吉は「こいつは何も覚えちゃいなかったんだ」と気づいた。「おめえが、あの時の相方か。思い出した、思い出した。痩せっ痩けて幽霊みてえな」と言い、「すっかり忘れていたぜ。まさか旅籠の女将とはなぁ。見違えるのも無理はねえやな。初対面にしては親切が過ぎると思ってたぜ。女将さん、つまり俺とおめえは昔馴染みって訳だ。五十両返せば済むってもんじゃねえぜ」と言い出した。「気取るんじゃねえ。てめえは品川の安女郎じゃねえか」と言われたお吉は、押しかぶさる音吉にサンゴの簪を胸に突き立てた。

Photo_47 お吉は駕籠を呼び、それに乗る。すぐに伊三次が報告に走り、目の前の小料理屋“玉屋”で張り込んでいた平蔵は暖簾越しに「お吉は丹波屋に戻るに決まっている。音吉は確かにあの船宿に居るのだな」、と伊三次に聞いた。間を開けず船宿から女の悲鳴が聞こえた。平蔵らは船宿に駆けつけると、音吉が胸に簪が刺さったまま死んでいた。平蔵は「これは火盗改が取り仕切る。静かにせよ」と店の者に言い、酒井には「丹波屋へ行き、使用人、泊まり客も含めて一切足止めしておけ」と命じた。また音吉が殺害された事は伏せておけ、とも言った。山田には「役所へ行って、腕利きの者を集めろ」と命じる。「女房お吉の事だが、何もせず放っておけ。気づかれてはならんぞ」と言い渡した。

Photo_48 闇の中を“狭間の文蔵”一味が駆け抜けて行く。丹波屋へ着いた一味は引き込みの音吉が開けたものと思い、中へ入ったところへ「待っていたぞ。狭間の文蔵」と声がして驚いた。数名を残し、他の者は火盗改に斬られた。

Photo_49 白州にお吉が引き出され、平蔵直々に吟味されている。「お前、夢でも見ているのではないか。殺されたのは丹波屋へ押し込んだ盗賊の一味、江口の音吉という悪党だ。お前には、何の縁もない男だ」と言う。「その男を私は確かに……」と言うお吉に、「えぇい、黙れ黙れ! そのような悪人と丹波屋の女房が関わり合いになろう筈はない。」と決定づけるように言い、不思議そうに見上げたお吉に、「なぁ、そうであろう。お前は夢を見たのだ」と優しく言った。

Photo_50 平蔵と左馬之助は料理屋で一献酌み交わしている。左馬之助は、「いやぁ、花も実もあるお裁き。感服仕った」と平蔵に礼を述べた。そこへ酒井がやって来て、「お耳に入れるほどの事ではありませんが、丹波屋の女房お吉が行方知れずになりました」と告げた。丹波屋では家での原因が分からず、家人一同で大騒ぎになっている、と言う。

 お吉は人知れぬ浜にいた。やがてお吉は海に消えた……。

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鬼平犯科帳 '69 第二十六話

井筒屋おもん

Photo監督: 土井通芳  原作: 池波正太郎  脚本: 安倍徹郎

出演: 松本幸四郎 (長谷川平蔵) 堺左千夫 (伊三次) 池田駿介 (山田市太郎) 北川陽一郎 (山崎国之進) 小鹿敦 (小柳安次郎)

ゲスト: 川合伸旺 (井筒屋徳兵衛) 水上竜子 (おもん) 桑山正一 (近藤市五郎) 松原光二 (宗次郎) 福山象三 (松蔵) 大塚榮 (源太) 小笠原優悦 (芳松) 帆立敏 (安吉) お民

_2【ものがたり】 寺の石段を登って行く、平蔵と伊三次。脇に粗末な小屋があり、そこから出て来た浪人者がいた。伊三次が寺の者から聞いた話では、名を近藤市五郎(桑山正一)と言い、上方のちょいとした御大家の次男坊で、小屋には足掛け三年ほど住んでいると言う。三年前から辻斬りが横行し始めたのと合致し、話の辻褄が合うと言う事であった。

Photo_2 浪人者は小屋を出、竹藪の中へ入って行き、そそり立つ竹を鮮やかに斬り倒した。伊三次は、「毎朝、これをやるもんですから、竹だって堪ったもんじゃありませんや」と言うと、平蔵はその切り口を見て「見事だ! 一の太刀で左へ跳ね上げ、返す刀で右へ斬り落とす。大竹をこのように斬り落とすには、並大抵の修行では叶わぬ」と言った。伊三次は「返す刀で右を……」と。「覚えがあろう」と平蔵に言われ、「確か、四谷の権の助坂で」と合点がいったようであった。「すれ違いざまに二人を斃した。あの腕の凄さには、舌を巻いたもんだ。奴なら出来る」と言った。

 その夜、火盗改メ役宅で「そんなに凄い奴なんですか」と同心・小柳安次郎(小鹿敦(現、小鹿番))が平蔵に言い、「お前には、適うまいなぁ」と言われ、「拙者、いささか居合いの心得があります」と反論している。「いささか、とはどれ位だ」「道場に半年ばかり」と言うと、平蔵は笑いながら「もう良い」と話の腰を折ってしまった。そして「成ろう事なら、相手に六尺以上近寄らぬ事だ。ただし、如何なる場合も、決して目を離してはならぬ。お前の首と胴が離れぬようにな……」と浪人者・近藤の見張りを申しつけた。

Photo_3 翌日、小柳は寺の石段に腰掛け、飯を食っていると、石段を上がって来るヤクザ風の男、松蔵(福山象三)がいた。男は小屋に入ると、「そろそろ金が無くなった頃だと思ってねぇ。前金は三十両だ。残り七十両は仕事が終わってからだ」と殺しの依頼にやって来たのである。「ひとつ、骨折りだが、また頼むよ」と男が言うと、近藤はあっさりと「嫌だね」と素気なく断ってしまった。「あんたの悪い癖だ。仕事の前っていうと、必ずそうやって駄々を捏ねるんだ」と苦い顔をしている。「俺はお前の手下じゃねぇ。お断りだ」と言うと、「ふんっ、あんた怖くなったね? 鬼平の手下が下で見張ってるぜ。俺の仲間が奴を見知っているんだ」と指を指した。

Photo_9 飯を食い終わった小柳が立ち上がり振り向くと、石段の上から浪人者と男がこちらを見ているのに気がつき、驚いて逃げ出した。男は、「やっぱり無理だろうねぇ」と伊言うと、近藤は「ふんっ、鬼が怖くて人殺しが出来るか」と言った。

Photo_10 その帰り、男はお店の丁稚を連れた旦那風の男・井筒屋徳兵衛(川合伸旺)に声を掛けた。「旦那、お久しぶりで……」と言われた徳兵衛は丁稚を先に帰し、「本当に久し振りだ。立ち話も何ですから、そこらで一寸……」と二人して料理屋へ行き、話は十三年前に飛んだ。

Photo_11 男と女が寝間で銭勘定をしている所へ、徳兵衛と松蔵が押し入り、男を刺し殺して金を強奪した。殺された男は盗人の頭であったが、万助という男が二人を唆し、情婦の“お民”も自分の情婦とし、盗人の頭の跡目を継いだ。盗人が盗人の上前を跳ねたという話を蒸し返していたのである。そこで話に出たのが松浦町の小間物屋“井筒屋”であった。松蔵が井筒屋の女将“おもん”(水上竜子)から殺しを請け負ったと言うのである。小間物屋に縁はない、と言った徳兵衛であったが、この徳兵衛こそが今の小間物屋“井筒屋”の主人であった。

Photo_12 店に帰った徳兵衛は、番頭の“宗次郎”(松原光二)に女房の“おもん”の様子を聞き、帳簿を揃えさせ奥の座敷で金勘定をすると、丁度三十両足りないと、気づいた。松蔵の話は本当だった、何故おもんは私を殺そうとするのだ、と徳兵衛は考えた。おもんを抱きながら「畜生、この女。どうするか覚えていろ」と、腸が煮えたぎる思いであった。

Photo_13 小柳は今日も近藤を尾けている。賑わう境内の縁日で近藤は縁台将棋をしていた。そこへ小柳が「その手はまずい」と横から口を挟んでしまった。将棋の相手をしているうち、変装している自分を忘れたのか、自分を“拙者”と武士言葉になっている。将棋にも負け、役宅に戻った小柳は平蔵から「負けたのは将棋だけではあるまい」と茶化される。本来ならば人の上に立ち、剣の道も極めたであろう近藤の生き様が不憫に思えて来た平蔵であった。小柳は「別れる際に、「近く番外で勝負を決しよう」、と申しました。これは、近く人を斬るという謎かけのように思われます」と述べると、「奴が、そんな事を言ったのか。何故それを早く言わぬ」と叱責を被ってしまった。翌日から、同心・山田市太郎も近藤市五郎の見張り役として小柳と同道する事になる。

Photo_7 翌日、井筒屋の前に現れた近藤を小柳と山田が尾けている。井筒屋では、丁稚が番頭の宗次郎に「手水場(ちょうずば)に行けないんです。だって、旦那さんと女将さんが昼間っから障子も開けっ放しで……」と小便を我慢している。徳兵衛はおもんに「さぁ、そろそろ出かけないと。寄り合いで酒になるから、夜まで帰れないよ」と言っている。が、徳兵衛は「今日こそ、化けの皮を引ん剥いてやる……」と決心していた。何食わぬ顔で店を出て、裏口から店に入り、天井裏へ侵入した。そこで見たものは、おもんと番頭の宗次郎の痴態であった。しかも、おもんは「今日だよ、今日だ。もう帰ってこないよ。今から行って頼んでくる。もう二度と、あいつの顔を見なくて済むんだよ。これで、井筒屋もお前も私の物になるんだ」と、二人きりだと思うので本音を呟いていた。その後、お寺参りに行ってくる、とおもんは店を出た。

Photo_15 おもんの足が止まった。向こうからやって来たのは、寄り合いで遅くなる、と言っていた徳兵衛であった。大変な事を忘れていた、お得意様を訪問するから、と言って店に帰った。高価な小間物を品定めし、今日は番頭を連れて行く、と言うのであった。宗次郎に荷を担がせ徳兵衛は出て行った。今度は、駕籠を呼んでおもんはそれに乗って出て行き、根津権現様の門前で駕籠を降りた。そして安吉(帆立敏)という男と会い、「頼むよ、安さん」と話しかける。安吉は「この間の話かい?」と返答した。「やっと出かけたんだけどさぁ、殺るなら今なんだけど……」「やけに、急くじゃねぇか」というやり取りをしている。こうして、二人、三人と仲介者と繋ぎを取り、松蔵が近藤に依頼した。近藤は「井筒屋徳兵衛は、どんや奴なんだ」と聞くと、松蔵は「嫌だなぁ、下見の時間はたっぷりあったじゃありませんか」と言う。「あいつ、なかなか顔を見せやがらねぇ。もしかしたら、気づいてるんじゃねぇか」と言う。「気づいてたら、赤坂まで出かけていく筈がねぇじゃありませんか」と近藤を促した。

 近藤は番傘を担いで小屋から出て行った。その後を火盗改メの山田と小柳の二同心が尾ける。近藤は尾けられるのが面倒だ、とばかりに突然他人の屋敷に入って行き、中間に呼び止められる度に「ただ通るだけだ、邪魔するな」と当て身を食らわして通った。他人の屋敷に勝手に入るなどという無作法が出来ない火盗改メの同心は、ただオロオロするだけであった。

Photo_16 近藤は、赤坂の佐々木某の勝手口で井筒屋徳兵衛が出て来るのを番傘を差しながら待っていた。やがて“井筒屋”と名入りの番傘を差して雨合羽を着た徳兵衛と荷を背負った宗次郎が出て来た。徳兵衛は自分の命が狙われている事は先刻知っているので、胡散臭い浪人者が番傘を差して用水桶の脇に立っているのを発見し、身構えた。雨宿りのつもりか、うなぎ屋“春木屋”の二階座敷から、つけ狙う浪人者の所在を確認している。と、浪人者は真下に居て、姿を隠す風もなかった。この男、いつの場合でも己の姿を隠すという事がないのだ。徳兵衛は、宗次郎に酒を勧め、優しい言葉を掛けている。だが、徳兵衛には一つの思惑があったのである。

Photo_18 佐々木某の屋敷で新規の客を紹介された、親戚で浅井某という旗本の屋敷に出向きたい、と言い出した。徳兵衛は急に思いついたように、「どうだろう、お前が主人であたしが番頭ということにして出かけてみよう」と突拍子のないことを言い出すのであった。お互いの着衣を換え、うなぎ屋を出る時には、宗次郎が雨合羽を着て番傘を差し、徳兵衛が荷を担いで、主従逆の身なりになった。夜目にはどちらとも判別がつかない。こうして近藤の目を眩ませたのである。徳兵衛は宗次郎が息絶えているのを確かめてから、「辻斬りだ、人殺し」と叫んだ。それを見たのは密偵の・伊三次であった。そして、まんまと邪魔な宗次郎を斬らせ、自分は逃げ延びて店に帰った。店には、おもんと安吉がいた。「それにしても、随分と遅いねぇ」「なぁに、今頃は仏様だあね」と言っている所へ、徳兵衛だけが帰って来た。「大変な事が起きた。番頭の宗次郎が斬られたんだ」と聞いた瞬間、おもんの血の気は失せた。徳兵衛の後から戸板に乗せられた宗次郎の死骸が続いて店に入って来た。おもんは死骸に駆け寄り、「宗次郎、宗次郎……」と泣き叫びながら抱きついている。徳兵衛は、それを見て「畜生、このアマ。ざまぁみやがれ」とほくそ笑んでいた。
 
 火盗改メの役宅では、「二人も見張りに付けて、何たる失態だ」と平蔵は激怒している。そこへ伊三次が「近藤が殺りました。井筒屋の番頭がたった今斬られました」と報告に現れた。

 井筒屋では通夜の席で、「あたしが、つまらない事をしてしまった為に番頭の宗次郎がこんな目に遭ってしまいました」と通夜の客に言い訳している。おもんは遺骸の前から立ち、去って行く後ろ姿に、「これで少しは堪えただろう。女の浅知恵でこのあたしに立ち向かうなんて、あたしを甘く見るとこうなるんだ」という思いをおもんに投げかけている。和尚がやって来て、経をを読み出す所へ丁稚が走り込んで来、「女将さんが、女将さんが、台所で……」と要領を得ない。おもんは台所で出刃包丁で自害していたのである。

Photo_19 早朝、近藤は酒瓶を片手に泥酔状態で小屋へ帰って来た。そこに待っていたのは松蔵である。「あんた、仕事をやり損なったそうだねぇ」と言った。「確かに殺った。殺ったからこうして酒を飲んだ。酒でも飲まなきゃこんな事やってられねぇ」という近藤に、「あんたが殺ったのは番頭の方で、旦那はまだピンピンしてるって云うぜ」と言われた。「これから井筒屋の後家からは、たんまり搾り取れるんだ。また殺ってもらうぜ」と言われ、「俺はもう使いもんにならねぇ。殺った後、空っぽになっちまうんだ。勘弁しろ」と言うが、「冗談じゃねぇ。俺の仲間が黙っちゃいねえぜ」と脅すと、「俺が今一番殺りてぇのは、松蔵お前だ!」と言ったかと思うと、一刀のもとに斬殺してしまった。そこへ平蔵、山田、小柳が「火盗改メだ。神妙にいたせ」と現れた。一騎打ちになるが、勝負はただの一太刀で決した。

Photo_20 平蔵は、近藤が何故番頭を斬ったのか、同じ夜に女将のおもんが自害を遂げたのか、腑に落ちぬと呟き、「これは井筒屋を調べてみる必要がありそうだ」と判断していた。

 井筒屋徳兵衛が火盗改役所の長谷川平蔵に直々に申し述べたい儀があるとやって来たと同心・山崎が告げた。即刻庭先に呼ばれた徳兵衛は、為す術もなくそこへ跪くしかなかった。

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鬼平犯科帳 '69 第二十五話

男の毒

Photo監督: 土居通芳  原作: 池波正太郎  脚本: 桜井康裕

出演: 松本幸四郎 (長谷川平蔵) 平田昭彦 (天野甚造) 堺左千夫 (伊左次) 市川五百蔵 (竹内孫四郎) 池田駿介 (山田市太郎)

ゲスト: 藤木悠 (弥市/宗七) 矢野純子 (おきよ) 沢村いき雄 (伊助) 稲吉靖 (直吉) 木田三千雄 (藤兵衛) 中江真司 (源次) 西川敬三郎 (総上(ふたがみ)の三五郎) 成合晃 (与平)

Photo_2【ものがたり】 ある雨の夜、火盗改メ方の長谷川平蔵、与力・天野甚造 (平田昭彦)、密偵・伊左次 (堺左千夫)、同心・竹内孫四郎、山田市太郎が裏長屋の一軒を見張っている。平蔵が伊左次に「あれが黒股の弥市(藤木悠)のねぐらか」と問い、「一時しのぎの隠れ家にしているようです」と答えた。竹内が山田に「総上(ふたがみ)の三五郎(西川敬三郎)の右腕と言われた男にしては、慎ましい住まいだなぁ」と言った。天野が「弥市は一人なのか」と伊左次に尋ね、伊左次は「それなんですが、奴は鑿(ノミ)師の腕は大したもんなんですが、女の方にかけちゃそれ以上。あいつに見込まれたら蛇に蛙、干からびるまで生気を吸い上げて、後は岡場所か飯盛り女に売り飛ばすという極道野郎で、大分労咳がひどいという事でございます」と言った。

Photo_4 中では、弥市が「おきよ(矢野純子)、諦めな。逃げようったって、おめえの身体は言うことを効かねえ筈だ。おめえの身体はなぁ、たった三、四ヶ月で蕩(とろ)けさせたんだ」と嫌がる女を引き寄せた。と、その時入り口の戸が開き火盗改メ方が踏み込んで来た。弥市は咳き込みながら脇差しを抜き、立ち向かって行ったが、捕縛された。それを呆けた目で女は見ていた。

 おきよは二十二歳。早くに両親と死に別れ、一人きりの身内で叔父の伊助(沢村いき雄)に育てられた。十八の時から働き、四ヶ月前、弥市に目を付けられ盗人とは知らずに共に暮らしていた。行く宛のないおきよは、叔父の所へ帰るしか道がなかった。

Photo_11 伊助は、一人で居酒屋を商っている。その灯の消えた雨戸をおきよが叩くと、内から叔父の伊助が顔を出し、「こんな夜更けに一体どうしたんだ」と聞くと、おきよは「あいつから、弥市からやっと逃げて来られた」と言った。それから一ヶ月余り後、平蔵と大野は見回りの途中、武家屋敷の塀外を歩いて来る溌剌としたおきよを見た。「小間物屋と所帯を持ったと聞いたがなぁ」と平蔵。その前を何もなかったかの様に知らん顔をして通り過ぎた。大野が「いやぁ、驚きましたな」と言い、平蔵は「女は魔物と言いたいのであろう」と引き継いだ。天野は「あれからまだ一月余りだというのに、あの変わり様は……」と言う。二人はおきよの後を尾けてみた。すると、小間物屋“ふじや”に入ったかと思った瞬間、おきよは店の戸の陰から平蔵らを覗い、平蔵と目が合うとサッと中へ消えた。

Photo_12 店では亭主の直吉(稲吉靖)が昼から欠伸したり、腰を擦っている。おきよは帰ってくるなり、「お前さん、着物を脱いで下さいな」と言うと、直吉は「お前、そんな昼っから……」と及び腰になっている。おきよは「嫌だぁ、お前さん。良く効くっていう膏薬を買ってきたんですよ」と言うと、直吉は「この腰には、生卵が効くんだ」と言うと、「それなら、ほらこの通り……」と大量の生卵を見せ、「あたしは、両親に早死にされたから、お前さんには長生きして貰おうと思って……」としみじみ言う。直吉は「なぁに、一日のんびりしてりゃ、大丈夫さ。三つ、四つ、まとめておくれよ」と言った。

 市中見回りの途中で、平蔵と大野は伊助の店に立ち寄った。「十五年、いやもっとになりますかなぁ。鐵っあん」と伊助は言った。平蔵が「飲んだくれて、親爺に介抱された時、おきよはまだ小さかったなぁ」と昔を懐かしんでいる。大野は「妙な巡り合わせと言いますか、いや因縁とでも申しますか」と話をしていると、おきよの亭主の直吉が店の戸口に立っている。「こいつが今話していた直吉です」と言い、「そんな所に立ってねぇで、中に入んなよ」と促す。「伯父さん、ちょっとお話があるんですが、お邪魔してもよろしいでしょうか」と中へ入ると二人連れだって奥へ行ってしまった。「何か子細があり気ですな」と大野。頷く平蔵。奥の土間では伊助が「お前さんが望んでおきよを貰ってくれたのに、何かあったのかい」と尋ねた。もじもじしていてなかなか切り出さなかった直吉がやっとか細い声で「強いんです、強すぎるんです」とだけ言った。喧嘩の腕っぷしの事を言っているのかと思っていた伊助、もう少し聞いてみると直吉は「夜が怖いんです。あたしゃ、このままじゃおきよに殺されちゃいます。日に三度、三度、生卵を飲んだくらいじゃ、追っつかない。笑い事じゃありませんよ、伯父さん」と涙声で訴えている。「そりゃ、男冥利に尽きるってもんじゃねえか」と伊助が言うと、「今も、伯父さんの顔が真っ黄色に見えているんです。助けておくんなさい、体が萎んでいくようで……」と。「へぇ、あのおきよがなぁ……。そりゃ、困ったねぇ。こればっかりは止めろ! と言うわけにはいかねえしなぁ」と困り果てている。「おきよの気持ちを、何か他の事に反らす事だなぁ」と伊助も曖昧な答えしか言えなかった。

 届け物を持ち、おきよは家を出て、その家の庭先で薪を割っている逞しい男・与平(成合晃)に惹かれ、スルスルと庭へ入り、井戸で水を飲む。男はおきよを嘗めるように見ていた。

 その夜、おきよが「今夜は風が強いねぇ」と寄って来ると、「明日は芝居でも見て来ないか、良いのが掛かっているらしいよ」とはぐらかしてしまった。おきよは「夕べも放ったらかしにして……」と不満を漏らした。

Photo_13 翌日、おきよは神社へお参りに行き、直吉との幸せを念じていた。まだこの時も弥市に植え付けられた魔性に気がつかないでいたのだった。そこへ昨日の男・与平がヌッと眼前に現れた。料理屋“山吹屋”の一室で与平は煙草をふかしている。その横でおきよは「忘れてください、今日の事は。魔が差したんです。これっきり忘れてください」と哀願するが、与平は「そりゃねえぜ」と取り合わない。おきよは持ち合わせの金を全て渡し「これで、何もなかったことにして下さい」と言って別れる。料理屋“山吹屋”で逢瀬を重ねること数度。立場が逆転してしまった。呼び出された山吹屋の一室で与平は、「もう、これっきりにしてくれ。俺ぁ命が惜しくなったんだ。こう毎日呼び出されちゃ体が持たねぇよ」と頼んでいる。おきよは「そんなぁ、こうやってお小遣いだって持って来てるのに……」と言うと、「いらねぇ、いらねぇよ。今までの分も全部返す、だから勘弁してくんな」と懐から財布を出し、金を布団の上にばら撒いた。「そんな事云ったって……」と纏わり付くおきよを撥ね除け、「おめぇは化け物だ」と言い捨てて出て行った。与平が出て行った後、「化け物、化け物……」と二度呟き、おきよは突っ伏して泣いた。

 その夜、荷を担いでふらふらしながら直吉が“ふじや”に帰って来て、おきよを呼んだが返事がない。帳場の銭箱は空になっており、箪笥や引き出しも開けっ放しになっている。直吉は「出てってくれた、あぁ助かった」と心底呟いた。その頃、おきよは夜更けの町を風呂敷包み一つを抱いて、泣きながら歩き、そして伊助の店の戸を叩いた。

 伊助が火盗改メ方の長谷川平蔵を訪ね、「おきよが、しくじった」と告げた。「半月になります、カタが付いてから」と言う。平蔵は「おきよの身体、まともじゃなくなってるんじゃないか」と聞いた。「流石、鐵っあん。目の付け所が違いますねぇ」と伊助が褒め、平蔵も「変な褒め方するなよ」と言った。「弥市の野郎が捏(こ)ね上げちまったんだ!」と伊助は吐き捨てた。「考えてみりゃあ、おきよも可哀想な女です」「それで、おきよは今は……」と平蔵が問いかけると、「それが、面倒をみても良いという旦那が現れまして……」「囲われ者か」と言う。「考えたんです、あっしも。どっちみちこれから先、まともな所帯を張れる女じゃねぇって。そんなら、これから先、銭の苦労をしねぇで済む気儘が出来るような暮らしが、あいつの為になるんじゃねぇか、と思いましてね」としみじみ伊助が語った。「おきよが良く納得したなぁ」「へぇ、やっとあいつも、てめえの身体が並じゃねえって事を気づいた様で、おきよの方から承知してくれやした」と、平蔵は「哀れな話だなぁ……」と寂しそうに言うと、気を取り直したのか伊助が「いやぁ、その旦那ってえのが、もう女には用がねえって体なもんで。男の役に立たねえ旦那なら、おきよの身体の虫も騒ぎ出す事はねえと思いやしてね」とまくし立てた。

 「秋口まで、おきよが我慢出来るようだったら、俺の所まで来るように言っちゃあくれめえか。半年辛抱が出来たら、おきよの身体の固まった証拠。格好な嫁の口を世話しようじゃねえか。このまま囲われ者で終わらせるのは酷な話だからなぁ」と言う。「鐵っあん。喜びますぜ、おきよが……」と伊助は涙ぐんでいる。

Photo_8 湯屋の帰り道、おきよは浮き浮きした様子で歩いている。そして妾宅へ帰って来ると、襖の間取りをしている男に気づいた。男の横顔を見た瞬間、あっ! と持っていた湯桶を落としてしまった。男は宗七というのだが、おきよをとんでもない女にした弥市に瓜二つであった。そこへ主人の藤兵衛(木田三千雄)が帰って来て、「お帰り」とおきよに声を掛けた。「襖を張り替えようと思って、経師屋さんに来てもらったんだ」と言う。おきよは「経師屋さん?」と怪訝な顔をした。

 経師屋の宗七は、藤兵衛に襖の柄や色見本を見せている。「あたしゃ、地味な方が良いんだが。お前はどうだい?」とおきよの意見も聞いてみると、宗七だけを見つめていたおきよはハッと気づいて「えっ? お茶ですか」と上の空でいた自分に気づいた。「では、明日から仕事に掛からせて頂きやす」と言って、宗七が帰るのをおきよは木戸まで送って来た。だが、おきよは胸の昂まりをどうする事も出来なかった。

Photo_9 火盗改メ役宅の用部屋で同心の竹内は同じく同心の山田に「お前、男の毒ってどんな物か分かるか」と聞くと、「知らぬ」と言う。「じゃあ、女の魔性は?」「知らぬな」と。「では、女の方はどうだ」と竹内はしつこい。面倒臭そうに「知らん」と憮然と返事はしている。竹内は「何も知らん奴だなあ。業に浸かった女と今夜あたりどうだ? 良い穴場を見つけたんだ」と誘っている所へ与力の天野が苦い顔をして立っている。そして「狸が出るか、狢(むじな)が出るか……。竹内。今夜の宿直(とのい)を申し付ける」と一方的に申し渡されてしまった。「そんな殺生なぁ……」とこぼす竹内に、「先程、お頭が何と申されたか、竹内言ってみろ」と命じられ、「弥市の死後、なりを潜めている総上の三五郎がそろそろ動き出す時期、市中見回りの警備を一層厳重にせよ!」と言う。「穴場にばかり潜り込んで、市中の取り締まりが出来るか!」と叱責を受けるが、「その内、お前の穴場にも案内せよ。三五郎を捕らえてからの事だが……」と言い残し去って行った。

Photo_16 妾宅に経師屋が入り、仕事を始めた。おきよは女中の“おこう”を呼び、日本橋まで行って煎餅を買って来てくれ、と頼むが後でも良いですか? と聞き帰すおこうに、返事をする代わりに睨みつけた。飛び上がるようにしておこうは出掛けて行った。家にはおきよと宗七の二人だけ。だが、おきよは「いけない、いけない」と念じてはいるが、身体の方が言う事を聞かない。そこへ宗七が「奥の仕上がり具合を見ておくんなさい」と声を掛けた。言われて立ち上がると、おきよはいきなり宗七の手を握り、乳に当て「抱いて……」と呟いた。「いけねえ、おかみさん。いけねえよ」と言う宗七に、おきよは「あんたを連れてきた旦那が悪いんだ」と心の中で必死に叫んでいた。

Photo_17 藤兵衛が血相を変えて伊助の店に飛び込んで来た。「おきよが経師屋と逃げた。どうしてくれるんです!」と言って泣き出してしまった。「弥市だ。あいつの毒だ!。畜生、どこまで祟りやがんでぇ」と伊助は行き場のない怒りに震えている。

 そして、一ヶ月ほど過ぎた。ある裏長屋の一軒の戸に“経師屋 宗七”、また軒先には“襖の張替へいたし□”と書いた木札が下がっている。部屋では宗七が欠伸をしながら刷毛をしごいている。帰って来たおきよが「お前さん、腰は怠くないかい」と聞いた。「いけねえ、いけねえ。昼間から欠伸なんて、こりゃいけねえ。何てこったい、こりゃどうかしてるぜ」と言う宗七。「あたしだよ、あたしのせいだよ。あたしの身体のせいなんだ。分かってるんだろ、まともじゃないって。火照ってくるんだよ、体中が火照って来ちまうんだよ」とおきよが言うと、「俺ぁ大丈夫だ。それより、伯父さんの所へは顔を出したのか」と聞いた。首を振るおきよは「行けた義理じゃないよ。お前さんにもこんなに肩身の狭い思いをさせてるんだもの……」「そのうち、きっと楽な暮らしをさせてやるからな」と優しく宗七が言った。

 宗七が得意先に届け物がある、と出て行った後、叔父の伊助が長屋にやって来た。おきよは神社へ叔父を引っ張って行き、お参りを済ませると、「あたし、願を掛けているんです。三、七、二十一日、宗さんに指一本触れずに我慢するって……」と、「おめえのその身体で、そんな事出来る筈がねえ」と言う伊助に、「出来ます。やってみます。このお守りに誓って」と小さな水晶玉を見せた。伊助は何がなんでもおきよを連れて帰ろうとするが、おきよは帰らない、と聞き分けがない。「俺ぁたった一人の姪だと思うから、こうして心配してるんだ。このまま黙って帰りゃ、世間に恥を晒すことはねえんだ」と伊助が言うと、「この願掛けを破ったら、あたしは死にます。人並みの女になれるか、なれないか。あたしはこの水晶玉に賭けたんです。二十一日間、身体を清めたら、きっと魔性が消える筈なんだ。そして宗さんの良い女房になりたい」という、おきよの心情に負け、そのまま伊助は帰って行った。

 密偵の伊左次が、総上(ふたがみ)の三五郎の身内で引き込みの“槌の子の宗七”(藤木悠/二役)を見た、と火盗改メ役宅へ知らせに来た。黒股の弥市に瓜二つだが、まったくの別人である、とも告げた。宗七を尾けると、船宿“鶴や”に入るのを見届け、そのまま見張りを続けた。鶴やの玄関で見張りをしている男は、間違いなく三五郎の手下“源次”(中江真司)である事も確かめた。

Photo_18 鶴やの中では、総上の三五郎に「所帯を持ったんだってなあ。だが、おつとめはしっかり頼むぜ。それにしても伊勢屋の下見に少しばかり時が掛かり過ぎやしねえか」と言われ、宗七は「襖の張り替えに掛かりましたから、見取り図はもう出来たも同じ事で」と言い、「今度のおつとめを汐に、足を抜きたいのですが……」と言うと、「その話はおつとめが終わってから、って言うことにしようぜ」とはぐらかされてしまった。「繋ぎは源次に任せたから、万事源次の言う通りにしろ」と言われ、繋ぎを待つ間は伊勢屋の襖の張り替えをしながら、店の絵図面を作ることになる。

 家に帰った宗七は、おきよを呼ぶが返事がない。すると、家の脇で何やら卵を割りながら、念仏のような言葉を唱えている。「あぁ、もったいねえなぁ、そんな所で何してるんだ」と聞くと、「止めないでおくれよ、あたしはお前さんの良い女房になろうと願を掛けたんだ。後生だから、あっちへ行っておくれよ」と一心不乱に卵を割っている。床に横になり、煙草をふかしている宗七、「大事な仕事が入ったんで、助かるぜ」と言うと、おきよは淋しそうな顔を見せた。「そうじゃねえよ、ありがてえんだ。おめえの心根がよ……」とおきよを引き寄せるが、「今夜から、あっちで寝ます」と隣りの部屋で着替え始める。

 翌朝、平蔵と伊左次は船宿“鶴や”へやって来た。宗七は隠居風の男と小半刻も一緒に話し込んでいたが、男は用心深く舟でやって来て、舟で帰り、表にはとうとう顔を見せず仕舞いだったと言う。そして、宗七は黒股の弥市の女と一緒に住んでいる、とも告げた。平蔵は「何、おきよが」と言うと、「へい、因果な話で……」と。平蔵は、宗七の見張りを怠るな、と厳命した。

Photo_19 宗七は、伊勢屋の襖を張り替えている。そこへ源次が忍んで来た。催促の為であり、「お頭がじれていなさるぜ。一体いつまで待たせるんだ」という源次に、「あと三日待ってくれ」と言う。「じゃあ、そのようにお頭に伝えるぜ」と言って風のように消えた。

 おきよは今日も神社へ願を掛けに来ていた。平蔵と大野はそれを見張っている。「訳を話して、おきよを宗七から離してみては如何でしょう」と大野が言う。平蔵は「宗七に気取られたら何とする」と大野の言を無視した。「これ以上、おきよの不幸を見ているに忍びないのです」と言う大野に、「公私混同してはならぬ。我々の仕事は、三五郎一味を引っ括る事にあるのだ! おきよの事は、それからの事。それにしても何と悪い星の下の女よ」と平蔵も忍びないのだ。

 その頃、船宿“鶴や”では、三五郎一味が全員顔を合わせていた。宗七は伊勢屋の絵図面を広げる。三五郎は「今夜のおつとめの後、皆には江戸からフケて貰うよ。上方にするか上州にするかは分からねえが、とにかくここ二、三年は帰って来ねえ。皆もそのつもりで、しっかり頼むぜ。集まる時刻は四ツ、場所はこの部屋、手筈はその時に……」そして「宗七、おつとめが済むまでは、女は忘れろよ!」と釘を刺した。

 おきよの様子が変わってい、そわそわと落ち着きがない。水晶玉を握り締めながら我慢の極限を彷徨っていたのだ。おきよは冷や酒をぐいっと飲み干した。と、宗七が帰るなり、「おきよ、どうしたってんだ」と声を掛けると、「身体の外道が……負けるもんか」と井戸端へ飛び出して柄杓の水を自分の体へ狂ったように懸け始めた。「今のあたしは獣なんだ」と言うおきよを見た宗七は、戸棚の生卵を三、四ツ一気に飲み干した。

 おきよは、とうとう願掛けを破ってしまった。「お前さん、どうしよう」と、うろたえている。宗七は「おめえが悪いんじゃねえ。バチは俺に当たるんだぜ」と言い、「明日、早立ちで甲州へ行こう。子が授かる湯があるそうだぜ。湯に浸かるのも良いもんだ。それから、今夜中に仕上げなきゃならねえ仕事があるんだ、支度しといてくれ」と言った。

 船宿“鶴や”の周りは火盗改メ方によって取り囲まれている。宗七はふらふらとした足取りで鶴やに向かっていた。鶴やには、一人、また一人と大方の盗人どもが集まって来ていた。だが、宗七だけは未だ到着していなかった。宗七は堀割りで足を取られ転落した。その時、おきよは旅立ちの荷造りの真っ最中であったが、何としたことか紐が切れた。が、まったく気にせず荷造りを続けていた。

 伊左次の報告によれば、四ツに全員が揃っているはず。平蔵は「一匹も逃がすな!」と船宿へ踏み込む事を命じた。全員を捕縛するのに大した手間は取らなかったが、大野が「宗七の姿だけが見当たりません」と報告した。引き立てられる源次を捕まえ、「宗七はどうした」と聞くと、「野郎は臆病風に吹かれやがって、来やしねえ」と吐き捨てた。そこへ伊左次が駆け寄り、「この先の堀割りで、宗七が死んでおりやす」と告げた。急ぎ行ってみると、なるほど堀割りに俯せに転がっている死体があった。伊左次が走り寄り「“槌の子の宗七”とも言われた男が……」と抱き起こす。「頭を割られている所を見ると、裏切った仕返しでしょうか」と伊左次が言うと、平蔵は「いや、違う。これが元よ」と握りしめた手を開くと、卵の殻をしっかり握りしめていたのであった。その顔に平蔵は懐から出した手拭いを掛けてやる。

 旅支度を終え、宗七の帰りを待っていたおきよは、いきなり土間に入って来た長谷川平蔵に驚いた。続いて火盗改メ方の役人が数名、戸板に乗せられ、顔には手拭いを掛けられた宗七の死体が運び込まれた。「おきよ、誰を恨むでないぞ。自分を恨め」と言われたおきよは、宗七の死体にしがみつき泣きじゃくる。「黒股の弥市の奴。とんだ形見をお前の身体に残したものだ……」と呟く平蔵。この後、おきよはまた伊助の家を訪れる。

 だが、おきよは後に、髪を下ろし仏門に帰依して、初めて平穏な日々を送ったと言う……。

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鬼平犯科帳 '69 第二十四話

八丁堀の女

24監督: 高瀬昌弘  原作: 池波正太郎  脚本: 柴英三郎

出演: 松本幸四郎 (長谷川平蔵) 竜崎勝 (酒井祐助) 古今亭志ん朝 (木村忠吾) 堺左千夫 (伊左次) 北川陽一郎 (山崎国之進) 市川五百蔵 (竹内孫四郎)

ゲスト: 柏木由紀子 (美代) 石浜朗 (松尾仙之助) 郡司良 (本庄源八郎) 小園蓉子 (お欣) 清水彰 (大丸屋万兵衛)

PhotoPhoto_11【ものがたり】 火盗改メの酒井と木村が木綿問屋“三澤屋”へ賊が押し入り、夫婦と奉公人十三人が皆殺し、という報に現場に駆けつける。犯行は半刻ほど前、まだ気配が残っているはず、と酒井は言う。だが、すでに北町奉行所の高張り提灯が掲げてあり、店へ入ると北町奉行所の同心・松尾仙之助(石浜朗)が高飛車に「用向きを伺おう」と酒井に言う。酒井は「一家皆殺しと聞いた。死体を検めたい」というと、松尾は「死体はすでに当方で片付けた。まず死者を弔うが人情である。そこが火盗改メと町方との違いなのだ。早々にお引き取り願おう」と、取り付く島もない。木村は松尾の態度に怒りを酒井にぶつけた。

Photo_2 その日のうちに、火盗改メ役宅へ北町奉行所の与力・本庄源八郎(郡司良)がやって来て平蔵に、「賊は五百両余りを持ち去ったが、殺された十三人が一滴の血も流さず、絞められた跡もなく、毒を飲まされた形跡もない。火盗改メの援助を乞いたい」と丁重に言った。酒井が「もしや……」と平蔵に言うと、平蔵も頷き、本庄に「針です」と告げた。本庄は、火盗改メの情報の多さに驚いた。早速、酒井と木村が三澤屋へ赴くと、松尾がいた。与力の本庄殿からの依頼で、死体を検めると断り、二人はさっそく検分を始め、「やはり……」と酒井が呟き、「こっちもです。」と木村が言う。事件が起きた八丁堀は、与力・同心などの居住地で、武家地なのだが町人との接触が多く、俗に言う「八丁堀風」という特殊な風俗を作り上げていた。いわば人間たちが粋なのであった。

Photo_3Photo_5 酒井と木村は、本庄の屋敷を訪れ、「死因は、針でうなじの急所を一突き。この手口は、下野(しもつけ)一体を荒らし回る盗賊“死針(しにばり)の五郎蔵”一味の仕業に違いありません」と報告した。そこへ娘の美代(柏木由紀子)が茶を持って現れた。酒井があまりの美しさに見とれていると、横で木村がにやりとしている。

 日を空けずに、日本橋小室町の木綿問屋“叶屋”が襲われ、十一人全員が針で殺害され、金二、三百両が奪われるという事件が起きた。本庄は、「下野国・真岡(もおか)が死針の五郎蔵の本拠地と聞き及びますが、真岡は木綿の産地ですな」と平蔵に言う。下野国・真岡は現在の栃木県真岡市である。

Photo_4  火盗改メ役宅へ密偵の伊左次がやって来たが、死針の五郎蔵の手掛かりがまったく掴めない、何も臭わない、と報告した。伊左次を下野に行かせてみる。二軒立て続けに木綿問屋が狙われたことが平蔵には気になった。酒井を伴い、江戸で木綿を市価より安く商っているという、もう一軒の木綿問屋“大丸屋”の様子を覗いに行くと、店から女が出て来た。「身のこなし、目配り、ただ者ではない。何か臭う」と平蔵は酒井に女を尾けさせると、女は吾妻橋を渡り、墨東の道を雨乞いで名高い向島の“見回り稲荷”の手前で右に折れ、武家や富裕な商人の妾宅が密やかに点在する中の一つの寮へ入って行った。

Photo_6 平蔵は、店の前で女どもが木綿を買い漁る様を見ていると、店の主・大丸屋万兵衛(清水彰)が「火盗改メの長谷川様が直々にお出ましになるとは……」と声を掛けてきた。座敷に通された平蔵が「まるで、儂を見知っているようだな」と、「問屋仲間の競争が激しいと聞き及んでいる」と言うと、万兵衛は「商売敵きを斃すため、賊の名を騙って二つの店を襲わせた。とお疑いなのですか」と言い出した。平蔵は「なるほど、そういう見方も出来るな。だが、儂は自分の目で確かめぬ内は人を疑わぬ男だ」と言い残して去った。

 伊左次が下野から帰り、報告に現れた。それによると、「ようやく動きが分かりました。五郎蔵は半年前に江戸にやって来たが、女連れらしい。真岡で水商売をしていた“お欣”(小園蓉子)という艶年増だそうです」という事が分かった。平蔵は、あの女だなと推量し、伊左次に寮の見張りを命じた。しばらくすると、伊左次が「あの女は、小菅の外れの荒れ小屋へ。見張りの男は間違いなく“死針の五郎蔵”の手下でした」と報告にやって来た。五郎蔵の隠れ家と認めた平蔵は、与力・本庄へ知らせてやれ、と酒井を差し向けた。本庄の口上は「長谷川平蔵様、直々にご出馬され同席願いたい」というものであった。さっそく北町奉行所と火盗改メ合同での出役となったが、平蔵は酒井に「どうもおかしい、妙に芝居臭い。この捕り物は儂に何かを見せつけようとしている節がある」と言い出した。

Photo_9 小屋の中には男が一人脇腹を刺され殺されていた。伊左次に面体を検めさせると、“死針の五郎蔵”に間違いない、という。空の金箱が転がしてあり、本庄は「これは金の分配で殺されたものに相違ない」と断じ、「殺されてまだ間がない、近くを探せ」と命じた。だが一人も見当たらない。すると小屋の中には抜け穴があると分かった。今まで誰も小屋から出てこなかった、という伊左次と火盗改メは面目丸つぶれである。が、与力・本庄は火盗改メらを責めなかった。お調子者の木村忠吾だけが本庄殿は立派な方だ、と褒めちぎっているのだが、平蔵は「この一件、与力に任せてはおけぬ」と呟いた。死針の五郎蔵の体は窶れ果て、手足には縛った跡、長いこと監禁されていた証拠だ、と平蔵は言う。

Photo_10 酒井と伊左次が“お欣”を見つけた。祭りで賑わう境内へ紛れ込み、御輿の小屋へ入って行った。するとそこには与力・本庄が待っていたのだった。お欣は本庄に江戸を出るための四人の子分たちとの手形の手配を頼み、「金はたっぷりあるんだし、良い家を見つけておきます。半年先にはきっと来てくださいね」と鼻声を出してねだっている。本庄は、五年の寡婦暮らしの末、据え膳を喰った盗人の情婦“お欣”と通じ、二件の押し込みを黙認、大丸屋の商売敵きを消す事により商いの独占を幇助し、娘には同心・松尾を養子に迎え、己は隠居をしてお欣と他国でのんびり生きながらえよう、と勝手な絵図を描いていたのであった。が、こうして絡繰りは平蔵と酒井の知る所と成った。

 火盗改メ役宅へ本庄の娘“美代”が訪れ、何事にも控えめな酒井に代わり自ら酒井との婚儀の話を持って来たのであった。用部屋にいた酒井に「美代殿が参っている。祭りにでも連れて行ってやれ」と言い、「本庄源八郎のことは儂に任せろ」と言った。

Photo_8 平蔵は単身、本庄の屋敷へ行くと、本庄は手形を隠した。平蔵は「おぬしも親ならば、娘の幸せを考えてやれ」と穏やかに諭した。もはや逃れられぬと観念した本庄は平蔵と共に、盗人どもが集まっている大丸屋の土蔵へ行く。本庄はお欣と大丸屋を追い、成敗しようとするが逆にお欣の簪でうなじを刺されながらも一太刀を浴びせ、お欣を斃した。他の者どもは平蔵によって全員斃された。こうして、真相は闇へ……と思われたが、本庄はすべてが書かれた遺書を娘に残していた。美代は、亡き母の実家がある三河へ行く、という。こうして、酒井祐助の儚い恋は終わりを告げた。 

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鬼平犯科帳 '69 第二十三話



Photo_32監督: 野長瀬三摩也  原作: 池波正太郎  脚本: 桜井康裕

出演: 弓恵子 (おきん) 宮坂将嘉 (玉屋平兵衛) 稲垣隆史 (音吉) 柳谷寛 (弥五郎) 伊藤惣一 (鎌吉) 橋爪秀雄 (与七) 神木真一郎 (酒巻重八) 瀬良明 (寿司屋の親爺) 渡辺千世 (茶屋のお女将)

Photo_33【ものがたり】 深夜の街を火盗改メが賊を追っている。料亭“玉屋”の奥座敷では、主の平兵衛(宮坂将嘉)と女房のおきん(弓恵子)が寝ていたが、物音に気づいた平兵衛が襖を開けると、そこには盗賊の一人が、「見逃してくれ、後生だから」と震えている。そこへ火盗改メが詮議のためやってPhoto_34来たと告げる声がした。黒装束の男を押し入れに隠し、平兵衛は店へ出て行く。残ったおきんに押し入れから顔を出し、ニヤリとしている。おきんは驚いた。盗人は音吉(稲垣隆史)といい、麦めし茶屋“赤大黒”の酌婦だったおきんと、地回りのならず者であった音吉との奇妙な巡り会いであった。

 凶悪な盗人“百足(むかで)の秀五郎”を追い込んだのだが、一人として捕縛出来ず取り逃がしてしまった同心・酒井は長谷川平蔵に詫びていた。「密偵を全員集め、秀五郎の探索に充てろ。火附け、押し込み、惨殺と、これ以上の跳梁は許さん!」と酒井に命じた。

Photo_35 玉屋の主人・平兵衛は、外出しようとして、おきんに「早く帰ってください。夕べのような事のあった後で、怖い」と言われた。平兵衛が出かけた後、音吉が現れ、おきんを強請ろうとするが、「昔のような訳にはいかない。旦那様はすべてを知った上であたしと一緒になったんだ」というと、右の二の腕の二筋の入れ墨を見せ、「これは誰のために出来たと思うんだ」と凄む。「おめえが俺を売ったおかげで、三年の島送りになったんだ。おめえの朋輩からちゃんと聞いたんだぜ」と言った。平兵衛を殺れ、と言いだし、「平兵衛が死ねば玉屋の身代はおめえのPhoto_39 物だ。一緒に存分に楽しもうぜ。承知するなら段取りは俺が付けてやる」と誘うが承知しない。「おめえの両親は六ツの時に盗人に焼き殺されたんだってなぁ。おめえだけ親戚の家に泊まっていて助かったっていうじゃねえか。その下手人は平兵衛なんだぜ」と言われ、驚くおきん。「俺だって、この道に入って初めて知ったんだ」と言った。また、「麦めし屋に鎌吉という男が出入りしている。この男は金で人殺しを請け負う“五日目の鎌吉”と異名をとる男に頼めば、五日の家には殺ってくれるぜ」とたたみ込み、「仇の男に抱かれて、くやしくないのか」ととどめを刺した。

Photo_40 呆然としたまま店を出たおきんは、橋の上まで来ると下駄の鼻緒が切れた。そこへ病気のはずの弥五郎がやって来た。平兵衛は嘘までついて何処へ出かけたんだろう、と一つの疑いが、次の疑いを呼んだ。毎日線香をあげている仏壇も、火付けで死んだ者たちへの供養のつもりなのか。おきんを抱いている時も片時も離さない脇差しは、何かを誰かを恐れて離さないでいるのか……と。

Jpg_3 女房になって二年が経っていた。おきんは両親の墓に参っていた。そこへ平兵衛が「明日は、十五年前に店を出した縁起の良い日だ。お前にも帳場に座ってもらおうと思う」と言い、「いきなり帳場へ座らせたのでは、奉公人たちに苛められたりして、お前が出て行くなどと言いだしゃしないかと今日まで延ばしていたんだ。でも、もう奉公人たちとも馴染んだし良いんじゃないかと思う。最初から玉屋の身代Photo_41Photo_54はお前に全部譲るつもりでいたんだから」と言われ、泣きじゃくるおきん。その帰り、花屋の弥五郎のところへ寄ろうと二人でやって来たが、丁度侍が妻女を連れて見せに来ていた。その武士の印籠を二人が見ているとも知らず、掏摸取ったのだが、武士に知られてしまい斬られようとする所へ平兵衛が武士に体当たりし、印籠を弥五郎の手から奪って走り逃げてしまい、おきんはただ呆然と立っている。

Photo_42 渋川の与七(橋爪秀雄)と音吉が連れ立って寺の門前から入って行く。与七は百足の秀五郎の片腕、知恵袋といわれる男だった。だが、与七は一早く密偵の伊左次が居ることを察知し、音吉に「逃げろ!」と言い、自Photo_43 分も逃げる。伊左次は火盗改メへ出向き、深川不動横の新兵衛店で、秀五郎の身内の与七と音吉を見かけたが逃げられてしまった、と報告した。その時、「玉屋」という言葉を数回聞いたとも言った。同席した酒井は「下谷・広徳寺門前の料亭です」と付け加えた。

_2 おきんは、麦めし茶屋で鎌吉に会い、平兵衛殺しを百両で依頼した。その晩、平兵衛はおきんに「儂は、二十年前に弥五郎と組んで尾張・三河から美濃にかけて荒らし回った盗人だった」と語った。墓参りの後、あのようになってしまい、おきんは口も利いてくれない。平兵衛は居たたまれなくなったのであった。鎌吉に依頼した日から四日間平兵衛は家から一歩も出ず、五日目に同業の寄り合いがあるといって大川端の料亭へ出かけて行った。弥五郎が玉屋に現れ、「旦那様がPhoto_44私を見舞ってくれたと言って外出した日、実は向島へ寮を買いに行きなさったのだ。おかみさんの名義でね」というが、「もうそのような甘い言葉には騙されない。帰っておくれ」と取り付く島もない。平兵衛は、寄り合いの帰りに雨であったが寿司屋へ寄り、駕籠を呼んで帰った。その後を尾ける男が一人。おきんは、仏壇の前に座り、自分の喉を出刃包丁で刺そうとしている所へ、女中が「旦那様がお帰りになりました」と知らせた。

Photo_45  おきんは、麦めし茶屋へ行ってみた。女将に鎌吉の住まいを聞こうとすると、一昨日愛宕下で野良犬に噛まれたのが元で狂い死にした、と聞かされた。五日目に平兵衛が生きていた事を納得した。暫くして、おきんは晴れて玉屋の帳場へ座った。平兵衛は元は武士で、小野伝十郎という者を斬り、その倅から仇と狙われる身だったのであり、その護身のための脇差しだったのである。

 鎌吉が死んだ、と伊左次が報告にやって来た。鎌吉は玉屋の内儀と麦めし茶屋で会っていた、とも告げる。まだ、平蔵にはそれらの繋がりが分からずにいたのだ。Photo_51
Photo_46 玉屋の女中が、「変な人から預かった」といって、おきんに付け文を渡すと、おきんは店を出た。すると、店先に浪人者が立っている、それを避けて音吉の待つ場所へ行くと、鎌吉より腕の確かなのを見つけた、五十両だとさ、という。驚くおきんに、もう後戻りは出来ない、亭主殺しの相棒だ、と言われる。

Photo_48  店に帰ると、平兵衛はたった今出かけたといわれ、おきんは寿司屋へ探しに行くが、旦那は来ていないと言われて、戻る途中で火盗改メの酒井に呼び止められた。そしてそのまま火盗改メ役宅へ行き、平蔵に事の一部始終を告げ、助けを乞うのであった。平蔵は「そなたの両親を焼き殺したのは平兵衛ではない。荒綱の鴇(とき)という盗人で、一昨年に布田の宿で野垂れ死にした。平兵衛の仕業などと音吉が作り話を吹き込んだのだ」とおきんに告げた。その頃、平兵衛は弥五郎の家に居た。だが浪人者に尾けられており、弥五郎の家からの帰り道を待ち伏せされたのだが、逃げ伸びて弥五郎の家へ戻った。弥五郎はPhoto_49玉屋へ赴き、「旦那様はもうここへは戻らない。有り金を持って、明後日に大井の六地蔵で待っている、と言いなすった」と言う。おきんは弥五郎に、このまま火盗改メ役宅に出向き、すべてを話してくれるよう涙ながらに頼んだ。すると弥五郎は「そんな事をしたら一生島送りか、悪くすると磔・獄門だ」と言うと、「あたしと旦那様はこのままじゃ添い遂げられない。逃げたって同じ事、いつかは捕まる。それならあたしも一緒に死ぬ覚悟でいる」と打ち明けられ、弥五郎も観念した。

Photo_52 二日後、おきんは旅支度で店を出た。近くのめし屋で飲みながら、与吉と音吉、それに人殺しの浪人がおきんが通るのを待っていた。おきんを尾け、二人が出合った六地蔵で、いきなり浪人が斬りつけた。助けに入ったのは火盗改メ方の長谷川平蔵であった。音吉も加勢するが、容赦するな! との平蔵の言葉に、酒井は音吉をPhoto_53斬殺、平蔵も浪人者を斬って捨てた。観念した平兵衛は、「お手数をお掛け致しました」と神妙に腕を出したが、「浪人者は仇ではない。ただの人殺しだ。信州の高藤の浪人で酒巻重八という手配の者だ」と告げ、「恵比須の平兵衛の罪は、二十年の歳月がとうに洗い流しているさぁ」と粋な計らい。伊左次が引いてきた馬に跨がり、酒井と共に駆けて行った。

【あとがき】ストーリーは良いのですが、話の辻褄が合わないという箇所が何度も出て来ます。もっとも一時間足らずの番組ですから、仕方ないのでしょうが、もう少し緻密に計算された脚色が欲しかった、と感じた作品でした。

Photo_55 玉屋平兵衛役の宮坂将嘉は、往年の二枚目俳優“菅原謙二”さんにそっくりです。菅原さんは吉右衛門版では、「盗賊二筋道」で高萩の捨五郎という良い役所で出演しています。

 弓恵子さんも、娘役から悪女までこなした有名な女優さんです。

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