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鬼平犯科帳 '69 第二十五話

男の毒

Photo監督: 土居通芳  原作: 池波正太郎  脚本: 桜井康裕

出演: 松本幸四郎 (長谷川平蔵) 平田昭彦 (天野甚造) 堺左千夫 (伊左次) 市川五百蔵 (竹内孫四郎) 池田駿介 (山田市太郎)

ゲスト: 藤木悠 (弥市/宗七) 矢野純子 (おきよ) 沢村いき雄 (伊助) 稲吉靖 (直吉) 木田三千雄 (藤兵衛) 中江真司 (源次) 西川敬三郎 (総上(ふたがみ)の三五郎) 成合晃 (与平)

Photo_2【ものがたり】 ある雨の夜、火盗改メ方の長谷川平蔵、与力・天野甚造 (平田昭彦)、密偵・伊左次 (堺左千夫)、同心・竹内孫四郎、山田市太郎が裏長屋の一軒を見張っている。平蔵が伊左次に「あれが黒股の弥市(藤木悠)のねぐらか」と問い、「一時しのぎの隠れ家にしているようです」と答えた。竹内が山田に「総上(ふたがみ)の三五郎(西川敬三郎)の右腕と言われた男にしては、慎ましい住まいだなぁ」と言った。天野が「弥市は一人なのか」と伊左次に尋ね、伊左次は「それなんですが、奴は鑿(ノミ)師の腕は大したもんなんですが、女の方にかけちゃそれ以上。あいつに見込まれたら蛇に蛙、干からびるまで生気を吸い上げて、後は岡場所か飯盛り女に売り飛ばすという極道野郎で、大分労咳がひどいという事でございます」と言った。

Photo_4 中では、弥市が「おきよ(矢野純子)、諦めな。逃げようったって、おめえの身体は言うことを効かねえ筈だ。おめえの身体はなぁ、たった三、四ヶ月で蕩(とろ)けさせたんだ」と嫌がる女を引き寄せた。と、その時入り口の戸が開き火盗改メ方が踏み込んで来た。弥市は咳き込みながら脇差しを抜き、立ち向かって行ったが、捕縛された。それを呆けた目で女は見ていた。

 おきよは二十二歳。早くに両親と死に別れ、一人きりの身内で叔父の伊助(沢村いき雄)に育てられた。十八の時から働き、四ヶ月前、弥市に目を付けられ盗人とは知らずに共に暮らしていた。行く宛のないおきよは、叔父の所へ帰るしか道がなかった。

Photo_11 伊助は、一人で居酒屋を商っている。その灯の消えた雨戸をおきよが叩くと、内から叔父の伊助が顔を出し、「こんな夜更けに一体どうしたんだ」と聞くと、おきよは「あいつから、弥市からやっと逃げて来られた」と言った。それから一ヶ月余り後、平蔵と大野は見回りの途中、武家屋敷の塀外を歩いて来る溌剌としたおきよを見た。「小間物屋と所帯を持ったと聞いたがなぁ」と平蔵。その前を何もなかったかの様に知らん顔をして通り過ぎた。大野が「いやぁ、驚きましたな」と言い、平蔵は「女は魔物と言いたいのであろう」と引き継いだ。天野は「あれからまだ一月余りだというのに、あの変わり様は……」と言う。二人はおきよの後を尾けてみた。すると、小間物屋“ふじや”に入ったかと思った瞬間、おきよは店の戸の陰から平蔵らを覗い、平蔵と目が合うとサッと中へ消えた。

Photo_12 店では亭主の直吉(稲吉靖)が昼から欠伸したり、腰を擦っている。おきよは帰ってくるなり、「お前さん、着物を脱いで下さいな」と言うと、直吉は「お前、そんな昼っから……」と及び腰になっている。おきよは「嫌だぁ、お前さん。良く効くっていう膏薬を買ってきたんですよ」と言うと、直吉は「この腰には、生卵が効くんだ」と言うと、「それなら、ほらこの通り……」と大量の生卵を見せ、「あたしは、両親に早死にされたから、お前さんには長生きして貰おうと思って……」としみじみ言う。直吉は「なぁに、一日のんびりしてりゃ、大丈夫さ。三つ、四つ、まとめておくれよ」と言った。

 市中見回りの途中で、平蔵と大野は伊助の店に立ち寄った。「十五年、いやもっとになりますかなぁ。鐵っあん」と伊助は言った。平蔵が「飲んだくれて、親爺に介抱された時、おきよはまだ小さかったなぁ」と昔を懐かしんでいる。大野は「妙な巡り合わせと言いますか、いや因縁とでも申しますか」と話をしていると、おきよの亭主の直吉が店の戸口に立っている。「こいつが今話していた直吉です」と言い、「そんな所に立ってねぇで、中に入んなよ」と促す。「伯父さん、ちょっとお話があるんですが、お邪魔してもよろしいでしょうか」と中へ入ると二人連れだって奥へ行ってしまった。「何か子細があり気ですな」と大野。頷く平蔵。奥の土間では伊助が「お前さんが望んでおきよを貰ってくれたのに、何かあったのかい」と尋ねた。もじもじしていてなかなか切り出さなかった直吉がやっとか細い声で「強いんです、強すぎるんです」とだけ言った。喧嘩の腕っぷしの事を言っているのかと思っていた伊助、もう少し聞いてみると直吉は「夜が怖いんです。あたしゃ、このままじゃおきよに殺されちゃいます。日に三度、三度、生卵を飲んだくらいじゃ、追っつかない。笑い事じゃありませんよ、伯父さん」と涙声で訴えている。「そりゃ、男冥利に尽きるってもんじゃねえか」と伊助が言うと、「今も、伯父さんの顔が真っ黄色に見えているんです。助けておくんなさい、体が萎んでいくようで……」と。「へぇ、あのおきよがなぁ……。そりゃ、困ったねぇ。こればっかりは止めろ! と言うわけにはいかねえしなぁ」と困り果てている。「おきよの気持ちを、何か他の事に反らす事だなぁ」と伊助も曖昧な答えしか言えなかった。

 届け物を持ち、おきよは家を出て、その家の庭先で薪を割っている逞しい男・与平(成合晃)に惹かれ、スルスルと庭へ入り、井戸で水を飲む。男はおきよを嘗めるように見ていた。

 その夜、おきよが「今夜は風が強いねぇ」と寄って来ると、「明日は芝居でも見て来ないか、良いのが掛かっているらしいよ」とはぐらかしてしまった。おきよは「夕べも放ったらかしにして……」と不満を漏らした。

Photo_13 翌日、おきよは神社へお参りに行き、直吉との幸せを念じていた。まだこの時も弥市に植え付けられた魔性に気がつかないでいたのだった。そこへ昨日の男・与平がヌッと眼前に現れた。料理屋“山吹屋”の一室で与平は煙草をふかしている。その横でおきよは「忘れてください、今日の事は。魔が差したんです。これっきり忘れてください」と哀願するが、与平は「そりゃねえぜ」と取り合わない。おきよは持ち合わせの金を全て渡し「これで、何もなかったことにして下さい」と言って別れる。料理屋“山吹屋”で逢瀬を重ねること数度。立場が逆転してしまった。呼び出された山吹屋の一室で与平は、「もう、これっきりにしてくれ。俺ぁ命が惜しくなったんだ。こう毎日呼び出されちゃ体が持たねぇよ」と頼んでいる。おきよは「そんなぁ、こうやってお小遣いだって持って来てるのに……」と言うと、「いらねぇ、いらねぇよ。今までの分も全部返す、だから勘弁してくんな」と懐から財布を出し、金を布団の上にばら撒いた。「そんな事云ったって……」と纏わり付くおきよを撥ね除け、「おめぇは化け物だ」と言い捨てて出て行った。与平が出て行った後、「化け物、化け物……」と二度呟き、おきよは突っ伏して泣いた。

 その夜、荷を担いでふらふらしながら直吉が“ふじや”に帰って来て、おきよを呼んだが返事がない。帳場の銭箱は空になっており、箪笥や引き出しも開けっ放しになっている。直吉は「出てってくれた、あぁ助かった」と心底呟いた。その頃、おきよは夜更けの町を風呂敷包み一つを抱いて、泣きながら歩き、そして伊助の店の戸を叩いた。

 伊助が火盗改メ方の長谷川平蔵を訪ね、「おきよが、しくじった」と告げた。「半月になります、カタが付いてから」と言う。平蔵は「おきよの身体、まともじゃなくなってるんじゃないか」と聞いた。「流石、鐵っあん。目の付け所が違いますねぇ」と伊助が褒め、平蔵も「変な褒め方するなよ」と言った。「弥市の野郎が捏(こ)ね上げちまったんだ!」と伊助は吐き捨てた。「考えてみりゃあ、おきよも可哀想な女です」「それで、おきよは今は……」と平蔵が問いかけると、「それが、面倒をみても良いという旦那が現れまして……」「囲われ者か」と言う。「考えたんです、あっしも。どっちみちこれから先、まともな所帯を張れる女じゃねぇって。そんなら、これから先、銭の苦労をしねぇで済む気儘が出来るような暮らしが、あいつの為になるんじゃねぇか、と思いましてね」としみじみ伊助が語った。「おきよが良く納得したなぁ」「へぇ、やっとあいつも、てめえの身体が並じゃねえって事を気づいた様で、おきよの方から承知してくれやした」と、平蔵は「哀れな話だなぁ……」と寂しそうに言うと、気を取り直したのか伊助が「いやぁ、その旦那ってえのが、もう女には用がねえって体なもんで。男の役に立たねえ旦那なら、おきよの身体の虫も騒ぎ出す事はねえと思いやしてね」とまくし立てた。

 「秋口まで、おきよが我慢出来るようだったら、俺の所まで来るように言っちゃあくれめえか。半年辛抱が出来たら、おきよの身体の固まった証拠。格好な嫁の口を世話しようじゃねえか。このまま囲われ者で終わらせるのは酷な話だからなぁ」と言う。「鐵っあん。喜びますぜ、おきよが……」と伊助は涙ぐんでいる。

Photo_8 湯屋の帰り道、おきよは浮き浮きした様子で歩いている。そして妾宅へ帰って来ると、襖の間取りをしている男に気づいた。男の横顔を見た瞬間、あっ! と持っていた湯桶を落としてしまった。男は宗七というのだが、おきよをとんでもない女にした弥市に瓜二つであった。そこへ主人の藤兵衛(木田三千雄)が帰って来て、「お帰り」とおきよに声を掛けた。「襖を張り替えようと思って、経師屋さんに来てもらったんだ」と言う。おきよは「経師屋さん?」と怪訝な顔をした。

 経師屋の宗七は、藤兵衛に襖の柄や色見本を見せている。「あたしゃ、地味な方が良いんだが。お前はどうだい?」とおきよの意見も聞いてみると、宗七だけを見つめていたおきよはハッと気づいて「えっ? お茶ですか」と上の空でいた自分に気づいた。「では、明日から仕事に掛からせて頂きやす」と言って、宗七が帰るのをおきよは木戸まで送って来た。だが、おきよは胸の昂まりをどうする事も出来なかった。

Photo_9 火盗改メ役宅の用部屋で同心の竹内は同じく同心の山田に「お前、男の毒ってどんな物か分かるか」と聞くと、「知らぬ」と言う。「じゃあ、女の魔性は?」「知らぬな」と。「では、女の方はどうだ」と竹内はしつこい。面倒臭そうに「知らん」と憮然と返事はしている。竹内は「何も知らん奴だなあ。業に浸かった女と今夜あたりどうだ? 良い穴場を見つけたんだ」と誘っている所へ与力の天野が苦い顔をして立っている。そして「狸が出るか、狢(むじな)が出るか……。竹内。今夜の宿直(とのい)を申し付ける」と一方的に申し渡されてしまった。「そんな殺生なぁ……」とこぼす竹内に、「先程、お頭が何と申されたか、竹内言ってみろ」と命じられ、「弥市の死後、なりを潜めている総上の三五郎がそろそろ動き出す時期、市中見回りの警備を一層厳重にせよ!」と言う。「穴場にばかり潜り込んで、市中の取り締まりが出来るか!」と叱責を受けるが、「その内、お前の穴場にも案内せよ。三五郎を捕らえてからの事だが……」と言い残し去って行った。

Photo_16 妾宅に経師屋が入り、仕事を始めた。おきよは女中の“おこう”を呼び、日本橋まで行って煎餅を買って来てくれ、と頼むが後でも良いですか? と聞き帰すおこうに、返事をする代わりに睨みつけた。飛び上がるようにしておこうは出掛けて行った。家にはおきよと宗七の二人だけ。だが、おきよは「いけない、いけない」と念じてはいるが、身体の方が言う事を聞かない。そこへ宗七が「奥の仕上がり具合を見ておくんなさい」と声を掛けた。言われて立ち上がると、おきよはいきなり宗七の手を握り、乳に当て「抱いて……」と呟いた。「いけねえ、おかみさん。いけねえよ」と言う宗七に、おきよは「あんたを連れてきた旦那が悪いんだ」と心の中で必死に叫んでいた。

Photo_17 藤兵衛が血相を変えて伊助の店に飛び込んで来た。「おきよが経師屋と逃げた。どうしてくれるんです!」と言って泣き出してしまった。「弥市だ。あいつの毒だ!。畜生、どこまで祟りやがんでぇ」と伊助は行き場のない怒りに震えている。

 そして、一ヶ月ほど過ぎた。ある裏長屋の一軒の戸に“経師屋 宗七”、また軒先には“襖の張替へいたし□”と書いた木札が下がっている。部屋では宗七が欠伸をしながら刷毛をしごいている。帰って来たおきよが「お前さん、腰は怠くないかい」と聞いた。「いけねえ、いけねえ。昼間から欠伸なんて、こりゃいけねえ。何てこったい、こりゃどうかしてるぜ」と言う宗七。「あたしだよ、あたしのせいだよ。あたしの身体のせいなんだ。分かってるんだろ、まともじゃないって。火照ってくるんだよ、体中が火照って来ちまうんだよ」とおきよが言うと、「俺ぁ大丈夫だ。それより、伯父さんの所へは顔を出したのか」と聞いた。首を振るおきよは「行けた義理じゃないよ。お前さんにもこんなに肩身の狭い思いをさせてるんだもの……」「そのうち、きっと楽な暮らしをさせてやるからな」と優しく宗七が言った。

 宗七が得意先に届け物がある、と出て行った後、叔父の伊助が長屋にやって来た。おきよは神社へ叔父を引っ張って行き、お参りを済ませると、「あたし、願を掛けているんです。三、七、二十一日、宗さんに指一本触れずに我慢するって……」と、「おめえのその身体で、そんな事出来る筈がねえ」と言う伊助に、「出来ます。やってみます。このお守りに誓って」と小さな水晶玉を見せた。伊助は何がなんでもおきよを連れて帰ろうとするが、おきよは帰らない、と聞き分けがない。「俺ぁたった一人の姪だと思うから、こうして心配してるんだ。このまま黙って帰りゃ、世間に恥を晒すことはねえんだ」と伊助が言うと、「この願掛けを破ったら、あたしは死にます。人並みの女になれるか、なれないか。あたしはこの水晶玉に賭けたんです。二十一日間、身体を清めたら、きっと魔性が消える筈なんだ。そして宗さんの良い女房になりたい」という、おきよの心情に負け、そのまま伊助は帰って行った。

 密偵の伊左次が、総上(ふたがみ)の三五郎の身内で引き込みの“槌の子の宗七”(藤木悠/二役)を見た、と火盗改メ役宅へ知らせに来た。黒股の弥市に瓜二つだが、まったくの別人である、とも告げた。宗七を尾けると、船宿“鶴や”に入るのを見届け、そのまま見張りを続けた。鶴やの玄関で見張りをしている男は、間違いなく三五郎の手下“源次”(中江真司)である事も確かめた。

Photo_18 鶴やの中では、総上の三五郎に「所帯を持ったんだってなあ。だが、おつとめはしっかり頼むぜ。それにしても伊勢屋の下見に少しばかり時が掛かり過ぎやしねえか」と言われ、宗七は「襖の張り替えに掛かりましたから、見取り図はもう出来たも同じ事で」と言い、「今度のおつとめを汐に、足を抜きたいのですが……」と言うと、「その話はおつとめが終わってから、って言うことにしようぜ」とはぐらかされてしまった。「繋ぎは源次に任せたから、万事源次の言う通りにしろ」と言われ、繋ぎを待つ間は伊勢屋の襖の張り替えをしながら、店の絵図面を作ることになる。

 家に帰った宗七は、おきよを呼ぶが返事がない。すると、家の脇で何やら卵を割りながら、念仏のような言葉を唱えている。「あぁ、もったいねえなぁ、そんな所で何してるんだ」と聞くと、「止めないでおくれよ、あたしはお前さんの良い女房になろうと願を掛けたんだ。後生だから、あっちへ行っておくれよ」と一心不乱に卵を割っている。床に横になり、煙草をふかしている宗七、「大事な仕事が入ったんで、助かるぜ」と言うと、おきよは淋しそうな顔を見せた。「そうじゃねえよ、ありがてえんだ。おめえの心根がよ……」とおきよを引き寄せるが、「今夜から、あっちで寝ます」と隣りの部屋で着替え始める。

 翌朝、平蔵と伊左次は船宿“鶴や”へやって来た。宗七は隠居風の男と小半刻も一緒に話し込んでいたが、男は用心深く舟でやって来て、舟で帰り、表にはとうとう顔を見せず仕舞いだったと言う。そして、宗七は黒股の弥市の女と一緒に住んでいる、とも告げた。平蔵は「何、おきよが」と言うと、「へい、因果な話で……」と。平蔵は、宗七の見張りを怠るな、と厳命した。

Photo_19 宗七は、伊勢屋の襖を張り替えている。そこへ源次が忍んで来た。催促の為であり、「お頭がじれていなさるぜ。一体いつまで待たせるんだ」という源次に、「あと三日待ってくれ」と言う。「じゃあ、そのようにお頭に伝えるぜ」と言って風のように消えた。

 おきよは今日も神社へ願を掛けに来ていた。平蔵と大野はそれを見張っている。「訳を話して、おきよを宗七から離してみては如何でしょう」と大野が言う。平蔵は「宗七に気取られたら何とする」と大野の言を無視した。「これ以上、おきよの不幸を見ているに忍びないのです」と言う大野に、「公私混同してはならぬ。我々の仕事は、三五郎一味を引っ括る事にあるのだ! おきよの事は、それからの事。それにしても何と悪い星の下の女よ」と平蔵も忍びないのだ。

 その頃、船宿“鶴や”では、三五郎一味が全員顔を合わせていた。宗七は伊勢屋の絵図面を広げる。三五郎は「今夜のおつとめの後、皆には江戸からフケて貰うよ。上方にするか上州にするかは分からねえが、とにかくここ二、三年は帰って来ねえ。皆もそのつもりで、しっかり頼むぜ。集まる時刻は四ツ、場所はこの部屋、手筈はその時に……」そして「宗七、おつとめが済むまでは、女は忘れろよ!」と釘を刺した。

 おきよの様子が変わってい、そわそわと落ち着きがない。水晶玉を握り締めながら我慢の極限を彷徨っていたのだ。おきよは冷や酒をぐいっと飲み干した。と、宗七が帰るなり、「おきよ、どうしたってんだ」と声を掛けると、「身体の外道が……負けるもんか」と井戸端へ飛び出して柄杓の水を自分の体へ狂ったように懸け始めた。「今のあたしは獣なんだ」と言うおきよを見た宗七は、戸棚の生卵を三、四ツ一気に飲み干した。

 おきよは、とうとう願掛けを破ってしまった。「お前さん、どうしよう」と、うろたえている。宗七は「おめえが悪いんじゃねえ。バチは俺に当たるんだぜ」と言い、「明日、早立ちで甲州へ行こう。子が授かる湯があるそうだぜ。湯に浸かるのも良いもんだ。それから、今夜中に仕上げなきゃならねえ仕事があるんだ、支度しといてくれ」と言った。

 船宿“鶴や”の周りは火盗改メ方によって取り囲まれている。宗七はふらふらとした足取りで鶴やに向かっていた。鶴やには、一人、また一人と大方の盗人どもが集まって来ていた。だが、宗七だけは未だ到着していなかった。宗七は堀割りで足を取られ転落した。その時、おきよは旅立ちの荷造りの真っ最中であったが、何としたことか紐が切れた。が、まったく気にせず荷造りを続けていた。

 伊左次の報告によれば、四ツに全員が揃っているはず。平蔵は「一匹も逃がすな!」と船宿へ踏み込む事を命じた。全員を捕縛するのに大した手間は取らなかったが、大野が「宗七の姿だけが見当たりません」と報告した。引き立てられる源次を捕まえ、「宗七はどうした」と聞くと、「野郎は臆病風に吹かれやがって、来やしねえ」と吐き捨てた。そこへ伊左次が駆け寄り、「この先の堀割りで、宗七が死んでおりやす」と告げた。急ぎ行ってみると、なるほど堀割りに俯せに転がっている死体があった。伊左次が走り寄り「“槌の子の宗七”とも言われた男が……」と抱き起こす。「頭を割られている所を見ると、裏切った仕返しでしょうか」と伊左次が言うと、平蔵は「いや、違う。これが元よ」と握りしめた手を開くと、卵の殻をしっかり握りしめていたのであった。その顔に平蔵は懐から出した手拭いを掛けてやる。

 旅支度を終え、宗七の帰りを待っていたおきよは、いきなり土間に入って来た長谷川平蔵に驚いた。続いて火盗改メ方の役人が数名、戸板に乗せられ、顔には手拭いを掛けられた宗七の死体が運び込まれた。「おきよ、誰を恨むでないぞ。自分を恨め」と言われたおきよは、宗七の死体にしがみつき泣きじゃくる。「黒股の弥市の奴。とんだ形見をお前の身体に残したものだ……」と呟く平蔵。この後、おきよはまた伊助の家を訪れる。

 だが、おきよは後に、髪を下ろし仏門に帰依して、初めて平穏な日々を送ったと言う……。

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