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2010年2月

「坂の上の雲」(第一部)

2009_22009年・NHK・歴史・90分
演出: 柴田岳志 一色隆司
原作: 司馬遼太郎
メインテーマ: サラ・ブライトマン
語り: 渡辺謙

出演: 本木雅弘 (秋山真之)  阿部寛 (秋山好古)  香川照之 (正岡子規)  菅野美穂 (正岡律)  原田美枝子 (正岡八重)  小澤征悦 (夏目漱石)  的場浩司 (長岡外史)  藤本隆宏 (広瀬武夫)  マリーナ・アレクサンドロワ (アリアズナ)  徳井優 (巡査長)  上田耕一 (銭湯主人)  笑福亭松之助 (御徒組頭)  蛭子能収 (骨董店主人)   真実一路  石丸謙二郎  森本レオ  榎木孝明 (森鴎外)  村田雄浩  堤大二郎 (井口省吾)  宮内敦士 (藤井茂太)  小林隆  染谷将太  ささの貴斗  ささの友間  吉田里琴  田中祥平  伊嵜充則  飯田基祐  竹中直人 (小村寿太郎)  米倉斉加年 (大山巌)  柄本明 (乃木知幸介)  松たか子 (秋山(佐久間)多美)  佐々木すみ江 (佐久間家女中・よし)  片岡鶴太郎 (八代六郎)  國村隼 (川上操六)  大杉漣 (陸奥宗光)  宝田明   西田敏行 (高橋是清)  高橋英樹 (児玉源太郎)  竹下景子 (秋山貞)  伊東四朗 (秋山久敬)  江守徹 (山県有朋)  石坂浩二 (山本権兵衛)  加藤剛 (伊藤博文)  渡哲也 (東郷平八郎)

Image01  久々の書き込みは、昨年末にNHKで放映され、2010年、2011年と3年間に亘り制作・放送される歴史ドラマです。第一部は五話からなる壮大な物語のプロローグです。

 「坂の上の雲」は、司馬遼太郎が10年の歳月をかけ、明治という時代に立ち向かった青春群像を渾身の力で書き上げた壮大な物語です。発行部数は2,000万部を超え、多くの日本人の心を動かした司馬遼太郎の代表作。

Thum18 【第一回・少年の国】260年続いた幕藩体制が倒れ、日本に近代国家が誕生した1868(明治元)年。四国・伊予松山の秋山家に5人目の男児が誕生。名を秋山淳五郎真之と名付けられた。明治維新後、松山藩の財政は底をつき、藩士の生活は困窮を極めていた。とりわけ、大勢の子に養育費がかかる秋山家は悲惨だった。父・久敬(伊東四朗)は生まれた子を「寺へやるしかない」と言うが、兄・信三郎好古が猛反対。そのまま秋山家で養育されることになった。

Thum19  1874(明治7)年、16歳になった信三郎は日銭を稼ぐ生活に追われていた。秀才で名高い信三郎だが、貧しさゆえに中学に通うことができなかったのだ。淳五郎は6歳になり、近所でも評判のガキ大将となっていた。幼なじみで弱虫の正岡 升(のぼる・後の子規)、その妹でめっぽう気の強い律たちと悪さをしては叱られてばかりだが、好古を慕いあこがれていた。

Thum11  やがて好古は、学費がかからない師範学校への進学を目指して大阪に旅立った。その後、師範学校を卒業して上京、陸軍士官学校へ入学した好古が松山へ帰省。好古は、自らの仕送りで真之を中学に進学させるよう両親に申し出る。

Photo02  数年後、松山中学に進んでいた真之(本木雅弘)と升(香川照之)。升は、当時流行りの自由民権運動にかぶれていたが、中学を中退して大学予備門を目指すために上京してしまう。取り残された思いの真之に、再び好古(阿部 寛)が援助の手を差し伸べた。真之は旧旗本の佐久間家に下宿する好古を頼って上京。神田の共立(きょうりゅう)学校に入学する。

Photo03  ある日、ふたりは英語教師の高橋是清(西田敏行)に誘われ、横浜の外国人居留地に出かけた。そこでイギリスから来た最新鋭の巡洋艦「筑紫」を目の当たりにした真之は、遠い海の向こうの世界へ思いを馳せるのだった。

Thum06 【第二回・青雲】1884年(明治17年)。上京から1年が経ち、真之(本木雅弘)と常規(後の子規・香川照之)は大学予備門に合格。塩原金之助(後の夏目漱石・小澤征悦)と出会い、友情を育む。一方、陸軍大学校に通う好古(阿部寛)は、ドイツ陸軍の参謀将校メッケル少佐(ノーベルト・ゴート)を師とし、実戦的な作戦を学んでいた。

 春になり、子規の妹・律(菅野美穂)が松山から上京。真之に近々結婚すると打ち明け、「これからは自分に代わって兄を守ってほしい」と頼む。

Thum10  大学予備門で、子規はおぼえたばかりの野球に熱中。子規と同居生活をはじめた真之も仲間たちと青春をおう歌する。俳句や文学に傾倒する子規に対して、自分の進むべき道は何かと悩む真之だが、しだいに海の向こうに広がる世界を見たいという思いを強くし、海軍兵学校に入ることを決意。兄の援助から自立し一身独立する、という弟の覚悟に好古も賛同し、真之は築地の海軍兵学校に入学する。そこで1年先輩の広瀬武夫(藤本隆宏)と出会う。

Photo06  1887年(明治20年)春、好古は旧松山藩主久松家の家令・藤野(宝田明)から呼び出され、フランス留学が決まった若殿とともに渡仏するよう頼まれる。しかし日本陸軍が全ての体制をドイツ式に転換しようとしている最中の渡仏は、陸軍における栄達をあきらめることに等しかった。好古は苦悩の末に渡仏を承諾、7月、フランスに向けて出帆した。

Photo04  海軍兵学校が広島県江田島に移転。休暇を利用して帰郷した真之の立派な姿に大人たちは驚き、子どもたちは胸を躍らせる。真之が帰りの船に乗る間際、律が追いかけてきた。律は真之に自分が結婚した理由と、婚家から離縁されたことを告げる。真之は「女子でも一身独立できる」と律を励ます。

 明治23年、パリにいる好古のもとに本国から官費留学に切り替えるとの命令が届く。それは日本陸軍が騎兵建設を好古に託したことを意味した。

Image01_3 【第三回・国家鳴動】1889年(明治22年)、大日本帝国憲法が発布される。学生たちと祝賀気分に浮かれる中、子規(香川照之)が突如かっ血し、病気療養のため松山に戻る。妹・律(菅野美穂)は再び嫁いでいたが、母・八重(原田美枝子)とともに子規の看病をする。江田島から帰省した真之(本木雅弘)が子規の見舞いに訪れ、二人は3年ぶりの再会を喜ぶ。子規は自らの病気を句に詠み、ホトトギスを意味する「子規」を俳号に決めたと話す。

Photo08_2 帰省中の真之は、水練用の池で傍若無人な振る舞いをした陸軍兵ともめ事を起こしてしまう。父・久敬(伊東四郎)は内緒で事を収め、憤る真之を「短気は損気、急がば回れ」と諭す。

 真之は海軍兵学校を卒業し、初の遠洋航海に出発。そのさなか、兄・好古(阿部寛)からの手紙で久敬が息を引き取ったことを知る。

Thum20  1891年(明治24年)5月、来日中のロシア皇太子ニコライ(ティモフィー・ヒョードロフ)が襲われる。日本がロシアの侵略を受けようとしているとの危機感を抱いた暴漢によるもので、ヨーロッパの大国ロシアとの間に緊張が走る。
 帰国した真之は、日本の港を巡回する清国の艦隊を見学。そこで東郷平八郎(渡哲也)と出会う。

 子規は東京に戻り、陸羯南(くがかつなん・佐野史郞)主宰の新聞「日本」に入社。陸の勧めで彼の家の隣に家を借り、八重と律を呼び寄せ暮らし始める。

Photo09  フランスから帰国した好古は、陸軍士官学校の馬術教官になる。そして児玉源太郎(高橋英樹)の勧めで、以前下宿していた佐久間家の娘・多美(松たか子)と結婚する。

 1894年(明治27年)春、時の首相・伊藤博文(加藤剛)の戦争回避の努力もむなしく、日清開戦が閣議決定される。騎兵第一大隊長になっていた好古は、目黒の兵舎で動員に備える。連合艦隊も佐世保を出航、真之の乗る巡洋艦「筑紫」は、朝鮮半島西岸で偵察活動を行い、戦時態勢に入る。

 7月25日早朝、日本艦隊と清国艦隊が朝鮮西岸で遭遇、戦闘の火蓋が切られた。

Photo11 【第四回・日清開戦】1894年(明治27年)7月25日、日清戦争が開戦。敵艦を追いかけていた巡洋艦「浪速」が英国国旗を掲げた汽船「高陞号(こうしょうごう)」を発見する。船が清国兵を満載しているのを目にした「浪速」艦長・東郷平八郎(渡哲也)は、随航するよう命じる。しかし清国将校が拒否したことから、東郷は「高陞号」を撃沈する。

Photo12   好古(阿部寛)は大山巌大将(米倉斉加年)率いる第二軍の騎兵第一大隊長として旅順要塞の敵情を偵察し、敵兵配置情報、状況分析、攻略法を司令官の大山に送る。好古の上申書をもとに大山が作戦を立て、第一旅団長・乃木希典(柄本明)らは「半年はかかる」といわれた旅順要塞をわずか1日で陥落させた。

Thum19_3  翌年、真之(本木雅弘)の乗った巡洋艦「筑紫」を含む連合艦隊は、清国北洋艦隊が立てこもる威海衛の攻略を始める。「筑紫」も清国の陸上砲台に艦砲射撃を敢行するが、敵の砲撃で戦闘旗が落ちてしまう。真之が部下の花田(須田邦裕)に掲げ直すよう命じた直後「筑紫」は再び砲弾を浴び、花田は柱の下敷きとなって命を落とす。

Image01_4  一方子規(香川照之)は、従軍記者を志願し戦地に赴くが、すでに日清両国間で講和談判が始まっていた。破壊された村々を回るなか、子規は軍医の森林太郎(後の森鴎外・榎木孝明)と出会い、戦争の現実について語り合う。ひと月あまりで従軍を終えた子規は、帰国の途についた船上で再びかっ血し衝撃を受ける。

Photo03_2  真之は連合艦隊とともに佐世保に凱旋、解散式の会場で広瀬(藤本宏隆)と再会する。真之が海軍を去るのではないかと心配する広瀬は、ロシアの真の姿を見るためにロシア語を勉強し武官となってロシアに行くという自らの目標を語り元気づける。しかし戦争の現実に直面した真之の心は晴れず、再会した東郷平八郎(渡哲也)に質問を投げかける。

Photo15 【第五回・留学生】従軍から帰国した子規(香川照之)は東京には戻らず故郷・松山へ帰り、松山中学の教師として赴任してきた夏目金之助(漱石・小澤征悦)と同じ下宿に住む。その後、大阪や奈良を回って帰京の途に着いた子規だが、旅の途中で脊椎カリエスを発症してしまう。

Photo13  日本は日清戦争の勝利で得た遼東半島を、ロシア、フランス、ドイツの「三国干渉」により清国に返還せざるを得なかった。満州や朝鮮半島におけるロシアの脅威を痛感した日本の首脳陣は、日露戦争を避けることのできないものと判断し、軍事費を拡大する。

 1896年(明治29年)、真之(本木雅弘)は横須賀水雷団第二水雷艇隊に配属となり広瀬(藤本隆宏)と再会する。同じ年、好古(阿部寛)は陸軍乗馬学校長に任ぜられる。

 翌年、海軍省で海外派遣士官の人選が行われ、真之はアメリカへ、広瀬はロシアに渡ることが決まった。留学を控えた真之はカリエスで寝たきりの子規を見舞う。命がけで俳句を作ると言う子規は、真之にも国を守ってほしいと話し、お互いの役割を全うしようと語り合う。

Photo14  渡米した真之は、戦術家として名高い海軍予備役大佐のアルフレッド・マハン(ジュリアン・グローバー)を訪ね、直接教えを受ける。一方、ロシアに渡った広瀬は、先に派遣されていた八代六郎(片岡鶴太郎)とともにオペラ鑑賞に出向き、アリアズナ(マリーナ・アレクサンドロワ)と出会う。

 まもなくアメリカとスペインが戦争に突入した(米西戦争)。観戦武官として、アメリカ艦隊がスペイン艦隊を軍港に閉じ込める世界最初の閉塞作戦をその目で見た真之は、スペイン艦隊の残がいを詳しく調査。キューバにおける米西戦争の見事な観戦報告書を作成する。

 1899年(明治32年)末、日本からイギリス公使館付の駐在武官を命じられた真之は、翌年1月、イギリスに向かう大西洋上にいた。

 こうして物語は2010年12月の第二部へ引き継がれて行く……。

              (写真はNHKホームページ「坂の上の雲」より)

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