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「レッド・クリフ Part I -赤壁- / Red Criff Part I」

Part_i_2008new 2008(平成20)年・アメリカ/中国/日本/台湾/韓国・(東宝東和=エイベックス・エンタテインメント)・ 歴史劇/スペクタクル・145分
お薦め度: ★★★★★
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監督: ジョン・ウー
出演: トニー・レオン (周瑜)  金城武 (孔明)  チャン・フォンイー (曹操)  チャン・チェン (孫権)  ヴィッキー・チャオ (尚香)  フー・ジュン (趙雲)  中村獅童 (甘興)

(特別出演) リン・チーリン (小喬)  ユウ・ヨン (劉備)  ホウ・ヨン (魯粛)  バーサンジャプ (関羽)  ザン・ジンシェン (張飛)  トン・ダーウェイ (孫叔材)  ソン・ジア (驪姫)  チャン・サン (黄蓋)

 あまりにも有名な「三國志」のうち、「赤壁の戦い」を描いた「レッド・クリフ -赤壁-」の Part I です。Part II も2009年4月に公開されたばかりで、今が旬! 今年は、面白そうな作品が目白押しです。

【解説】 「M:I-2」「フェイス/オフ」のジョン・ウー監督が、三国志の有名なエピソード“赤壁の戦い”を全2部作で描く歴史スペクタクル巨編の前編。出演は周瑜役にトニー・レオン、諸葛孔明役に金城武、そして周瑜の妻・小喬役にはこれが映画初出演のリン・チーリン。

PhotoPhoto_2  日本でも高い人気を誇る中国の史伝・英雄譚「三国志」。その中でも最も有名で、高校の歴史でも習った合戦「赤壁の戦い」を、名匠ジョン・ウー監督の手で映像化。壮大な戦いと戦の最中に繰り広げられる人間模様を2部構成で描いていく。第1部にあたる本作は周瑜、孔明を中心に「赤壁の戦い」に至るまでの経緯を丁寧な描写で追う。冒頭の領民を助けながらの逃避行で、逃げ遅れた劉備の二人の妻と一粒種の阿斗をたった一人で助けに戻る趙雲将軍が素晴らしく、まさに“英傑”。中国では一番人気の関羽を凌駕する勢いです。周瑜を演じたトニー・レオンは、しっかりとした演技でカリスマ性を見事に表現。一方、諸葛孔明を演じた金城武は常に微笑をたやさぬ悠然とした演技で、希代の名軍師の懐の深さを印象づけることに成功している。名将たちが奮戦する戦闘シーンも迫力満点。

Img2_1220949942Part_ii【あらすじ】 西暦208年。帝国を支配する曹操(チャン・フォンイー)は、献帝に迫り、討伐の勅状を得、いよいよ劉備軍・孫権軍の征討に向け80万の大軍を率いて南下を開始した。最初の標的となった劉備軍はわずか2万。自国の領民を連れての撤退が遅れ、曹操軍に追いつかれてしまい、全滅の危機に瀕していた。しかし、関羽(バーサンジャプ)・張飛(ザン・ジンシェン)・趙雲(フー・ジュン)らの活躍で、どうにか逃げ延びることに成功する。軍師の孔明(金城武)は、劉備(ユウ・ヨン)に敵軍である孫権(チャン・チェン)との同盟を進言、自ら孫権のもとへと向かう。しかし、孫権軍では降伏論が大勢を占めており、孔明は若き皇帝・孫権の説得に苦心する。そんな時、孔明は孫権軍の重臣・魯粛(ホウ・ヨン)の導きで、孫権が兄と慕う司令官・周瑜(トニー・レオン)と面会することに……。最初は互いに警戒心を抱いていたものの、次第に2人は相手への尊敬と信頼を深めていく。

A5eca5c3a5c9a5afa5eaa5d5a1a1b8d5b7b008【ものがたり】 今から1800年ほど昔の中国で絶大な権力を握る曹操は、その兵力にものをいわせて敵国を攻めたてていた。彼の天下統一の野望を打ち砕くため、孔明(金城武)と周瑜(トニー・レオン)はともに協力し、連合軍を結成。だが連合軍の数はわずか6万、片や曹操の軍勢は80万で、その兵力の差は誰の目にも明らかだったが……。

 孤立した劉備は長江づたいに南下し、長坂で曹軍に追いつかれるが何とか難を逃れ、荊州の動向を探りに来ていた魯粛と面会し、1万人余りの軍勢を率いる劉表の長男の劉琦と合流しつつ夏口へ到達した。曹操は劉表が作りあげた荊州水軍を手に入れ、そのまま南下して兵を長江沿いに布陣させた。

Redcliff_sub1 数十万の兵を擁すると言われる曹操の大軍勢を前に孫権陣営は恐れを抱いた。しかし、都督の周瑜は「中原出身の曹操軍は、水軍による戦いに慣れておらず、土地の風土にも慣れていないので疫病が発生するだろう。それに曹軍の水軍の主力となる荊州の兵や、袁紹を下して編入した河北の兵は本心から曹操につき従っているわけではないのでまとまりは薄く、勝機はこちらにある」と分析し、孫権に開戦を説いた。

007 魯粛は劉備に孫権と同盟を結んで曹操と対抗するように説き、劉備は諸葛亮を使者として派遣して孫権と同盟を結び、孫権は周瑜・程普ら数万の水軍を劉備の救援に派遣した。一方の曹操軍も長江を下り、両軍は赤壁で一戦を交え、周瑜らは予測通り疫病に悩まされていた曹操軍を撃破した。曹操は後退し烏林に陣を張り、周瑜らも長江を挟んで対峙する。

 周瑜の部将の黄蓋は、敵の船団が互いに鎖で繋がれ、密集していることに注目し、火攻めの策を進言した。そして自ら曹軍に対し偽りの降伏を仕掛け、曹軍が油断した隙をつき、油をかけ薪を満載した船に火を放ち敵船に接近させた。折からの強風にあおられて曹操の船団は燃え上がり、炎は岸辺にある軍営にまで達した。船団は大打撃を受け、おびただしい数の人や馬が焼死したり溺死したりしたのだった。

【赤壁の戦い・詳細】 河北を平定した曹操は、208年7月、荊州の牧であった劉表を攻めるため兵を率いて荊州へ南下を始めた。ところが8月になると劉表が死亡し、劉表の跡を継いだ次男の劉琮は9月、曹操に降伏した。

006 三国時代の中国。魏の曹操は、北部を平定し南部も制圧するために兵を進める。その目的は、天下統一に邪魔な劉備の抹殺だけでなく、今は周瑜の妻となってしまった、天下一の美人小喬(リン・チーリン)の奪取も密かに狙っていた。荊州にいた劉備軍は南下して軍を立て直そうとするが、途中の当陽県長坂にて追いつかれ、敗走する。

009  夏口へ逃げ込んだ劉備は、部下の諸葛亮(孔明)を呉へと派遣する。孔明は呉の孫権の軍師・周瑜と意気投合し、2つの勢力は共に曹操と戦う同盟を結ぶ。孫権は数万の軍勢を派遣し劉備軍とともに長江の赤壁付近で曹操軍と相対し、両者互いに決戦のために水軍と陸軍を動かすのだが……。

 『三国志演義』における赤壁の戦いは史実に基づきつつも、その記述には創作が多々含まれる、といわれている。

Photo_3 208年、華北を制した曹操が江南を平らげようと7月に50万の兵を率いて南下を開始した。ちょうどそのころ劉表が亡くなり、劉琮と後見人に付いた蔡瑁は、曹操に降伏してしまう。曹操は荊州の兵を合わせ100万と号した。

 流浪の民となった劉備軍の軍師・孔明は、全軍を率いての南下のため空になった荊州を攻め取る作戦を立案するが、劉備は諸葛亮の進言を容れず荊州を奪う事を諦め、曹操軍に追われながらひたすら南に逃げるが、大量の領民を引き連れたため進軍速度が上がらず、長坂坡で追いつかれてしまう。この危機を趙雲と張飛の活躍で逃れ、夏口の劉琦の下へ落ち延びる。

004 一方、江東に勢力を伸ばしていた孫権は、曹操軍の南下の報に驚き、文官武官を集めて降伏するか戦うかの会議を始めた。文官のほとんどは降伏を主張していたが、そのころ劉備の軍師だった諸葛亮が訪問し、魯粛も主戦論に偏っていたためにこれを利用し、孫権の説得を始める。兄孫策の義兄弟でもある周瑜も後からやってきて主戦論を主張したために孫権は降伏派を一蹴し戦うことを決める。このとき孫権は自分の机を刀で切りつけ、「これより降伏を口にした者は、この机と同じくなると思え」と言い放ち、開戦を宣言する。当初、周瑜は曹操に降伏する考えであったが、諸葛亮から曹操が「二喬」(自分と義兄弟の孫策の妻である姉妹)を欲しがっていると聞かされ、更にその望みを謳った曹操の子曹植の詩「銅雀台賦」を諸葛亮が諳んずるに及び激怒、孫権に対し主戦論を主張し、決戦を決意させた。

081029_redcliff 両軍は、長江に沿う赤壁で対峙した。周瑜は大軍を有する曹操を相手にするには火計しかないと判断し、周瑜は計略を使い、荊州水軍の要である蔡瑁を謀殺する。蔡瑁謀殺後に曹操の策によって偽りの降伏をしてきた蔡瑁の甥の蔡中・蔡和に対して偽情報を曹操軍に流させるなど大いに利用した。

 周瑜は諸葛亮にわざと難題を与えて処断させることを企図して「10万本の矢を集めて欲しい」と依頼を出す。しかし、諸葛亮は自ら3日と期日を決めて快諾。夜霧に乗じて船を出し、曹操軍から10万本の矢を船に射掛けさせて矢を回収した。

004_2 そして、苦肉の計を用いて、黄蓋に偽の降伏を申し出させ曹操軍内に下らせた。また、火計を効果的にするために、当時まだ野にいた?統を使い、曹操に対して船上ですぐに酔ってしまう兵士達のためにと船同士を鎖でつなげる「連環の計」を進言し実行した。問題は、当時の季節の10月には東南の風が吹かないと言う事だった。この方向に風が吹かないと、火計を用いた場合自分達の水軍にも被害が下る恐れがあったのである。諸葛亮は東南の風を吹かせると言い、祭壇を作り祈祷すると、どこからか東南の風が吹く。

005_2 機は熟したとばかりに黄蓋が藁を積んだ船に火をつけさせ火計を実行、「連環の計」で互いの切り離しが間に合わない曹操軍の船は次々と炎上する。更に東南の風で地上に配していた陣にも火が燃え広がり、曹操軍は散々に打ち破られた。なお周瑜が自分を殺そうとしている事を察知した諸葛亮は、東南の風が吹いた直後にその風を利用して劉備の下へ逃げ去った。

Part_i  一方、劉備軍は諸葛亮の指示の下、曹操の退却先に伏兵を置き、舞い込んできた曹操と残った軍に追い討ちをかけた。しかし諸葛亮は「今曹操は天命がつきておらず、殺す事は不可能であるし、殺しても今度は呉が強大になって対抗できなくなるだろう」と判断し、曹操に恩がある関羽をわざと伏兵に置き、あえて関羽が曹操に対し恩を返す機会として与え、関羽が曹操を逃がすのを黙認した。こうして曹操は荊州の大半を手放さざるを得ず、以後劉備と孫権の係争地となる。

                      (ウィキ・ペディア参照)

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