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2008年12月

「グレン・ミラー物語 / THE GRENN MILLER STORY」

Glenn_miller1953年・アメリカ(ドラマ/音楽)・112分 new

お薦め度: ★★★★★ happy01

監督: アンソニー・マン

出演: ジェームズ・スチュワート  ジューン・アリソン  ルイ・アームストロング  ベン・ポラック  ジェームス・スチュアート  ジェーン・アリスン  ヘンリー・モーガン  チャールズ・ドレイク

 本日、二本目のご紹介作品は、制作年が前後してしまいましたが、前作に続いてビッグ・バンド“グレン・ミラー楽団”を扱った映画です。

Photo  主演のジェームズ・スチュワートは二枚目の俳優さんとして、あまりにも有名ですね。“ベニイ・グッドマン物語”のドナ・リードも綺麗でしたが、本作品のジューン・アリソンはとっても可愛い女性です。感動した時、首筋がゾクゾクする!というヘレン・ミラー役で出演しています。声もハスキーで、行動的な活気溢れる女性を演じています。

 「怒りの河」「雷鳴の湾」のトリオ、製作アーロン・ローゼンバ ーグ、監督アンソニー・マン、主演ジェームズ・スチュアートによるテクニカラーの音楽映画1953年作品で、バンド・リーダーとしてまたトロンボーン奏者として高名の故グレン・ミラーの生涯を描く。脚本は「夫は偽物」のヴァレンタイン・デイヴィース、撮影は「雷鳴の湾」のウィリアム・ダニエルス、音楽監督はジョセフ・ガーシェンソンの担当。共演者はMGMを離れたジューン・アリソン、「白昼の脱獄」のヘンリイ・モーガン、「ウィンチェスター銃'73」のチャールズ・ドレイク、マリオン・ロス、ジョージ・トビアス、シグ・ルーマンらで、それにルイ・アームストロング、ジーン・クルーパ、ベン・ポラックらのジャズメンが特別出演するところは、数年後に公開された「ベニイ・グッドマン物語」と同じ。

Photo_2  スウィング・ジャズの創始、グレン・ミラーの伝記的映画。妻ヘレンとのラブ・ロマンスを交え、ミラーが作曲家として名声を博しながらも、次の演奏地への移動中、濃霧による突然の飛行機事故で亡くなるまでを描く。

Photo_3  音楽に情熱を燃やす青年グレン・ミラーは苦しい生活を強いられ、商売道具のトロンボーンを質屋に入れたり出したりする生活を続けている。若いトロンボーン奏者グレン・ミラー(ジェームズ・スチュアート)は、新しい音楽を創り出す悲願を抱き、そのため苦しい生活を忍んでいた。彼の親友のピアノ奏者チャミイ(ヘンリイ・モーガン)さえも、グレンの目的に疑いを持つようになったが、偶然の機会にグレンの編曲した作品がベン・ポラックの耳にとまり、ポラックの編曲助手として採用され、彼の楽団と一緒に演奏旅行に出た。デンヴァーに着いたとき、グレンは大学時代の女友達ヘレン(ジューン・アリソン)に電話をかけ、真夜中に彼女を訪れた。彼はヘレンとは2年間も音信不通であったが、彼女を自分の両親の家での朝食に連れ出した。彼の唐突なやり方にヘレンもはじめは戸惑ったが、次第にPhoto_4 彼に惹かれるようになった。だが、グレンが彼女に求愛しようとしたとき、チャミイがあらわれ、グレンを仕事に連れ去ってしまった。大衆音楽に新しい音色を入れようと努力をつづけるグレンは、楽団斡旋屋のドン・ヘインズに認められたのを機にポラックの許を去り、2年間編曲に専念したが、成功せず、この原因はヘレンの居ない事だと悟った。彼は直ちに長距離電話でヘレンを呼び出して結婚を申込み、彼女も承諾を与えた。式は紐育の小さな教会でささやかに挙げられた。グレンは、ヘレンの勧めで本格的に作曲の勉強を始めた。まとまった貯金が出来たとき、ヘレンはグレンにすすめて自分の楽団を組織させた。6ヵ月後ボストンに出演することにPhoto_5 なったが、途中事故のため楽団は解散の止むなきに至り、妊娠中のヘレンも健康を害し入院してしまった。ミラー一家の苦境を知ったボストンのボール・ルームの経営者シュリプマンは、グレンに1000ドルを提供して楽団を再編成させ、ポール・ルーム・スタジオに出演させた。そのとき偶然、トランペット奏者が唇を怪我したので、急遽トランペットの楽譜をクラリネットに書きかえて演奏させたところ、これが計らずもグレン・ミラー・サウンドの誕生となり、未来への光明が開けた。

65000Photo_6   長男が生まれ、演奏も大当りがつづき、レコードも飛ぶように売れた。ハリウッドからも招かれ、得意の絶頂にあったとき第2次大戦が勃発した。グレンは志願して空軍に入り、戦債及び兵員募集のための演奏をつづけ、次いでヨーロッパ戦線へ慰問旅行に出かけた。クリスマスの日にはグレンはパリから米国向けに特別放送をすることになり、その番組で遥かにヘレンたちに呼びかけようと決心した。だがロンドンからグレンを乗せてパリに向かった飛行機は英仏海峡上空で消息を絶ったまま、遂に帰らなかった。

Photo_9    ユニヴァーサル社は、「真珠の首飾り」などのスィング・ジャズの創始者として知られるグレン・ミラーの伝記映画を企画。ミラー役には、彼の容姿にソックリでマネー・メイキング・スターの一人として活躍していたジェームズ・スチュワートが起用される。ミラーを信じて全ての面で彼を支える妻ヘレン役には、シカゴ・ホワイト・ソックスの投手モンティ・ストラットンを描いた伝記映画『甦る熱球』(49)でスチュワート扮するストラットンの妻を演じて新境地を開拓した、ハスキーな声が魅力のジューン・アリソンが抜擢される。 監督には『ウィンチェスター銃’73』(50)、『怒りの河』(52)、『裸の拍車』(53)などスチュワート主演の西部劇を手掛けたアンソニー・マンが起用される。マンは過去にB級ミュージカルを多数手掛けた経験を生かして、「真珠の首飾Photo_8り」、「茶色の小瓶」、「ペンシルバニア65000」、「ムーンライト・セレナーデ」といった、ミラーの親しみの持てるスタンダード・ナンバーをドラマやエピソードのふさわしいシーンに巧みに挿入してストーリーを盛り上げた。編曲は、後に『ティファニーで朝食を』(60)や、『シャレード』(63)などの音楽を手掛けるヘンリー・マンシーニが担当した。また、ルイ・アームストロング、ジーン・クルーパ、ベン・ポラック、フランセス・ラングフォードといった往年のミュージシャンたちが特別出演しており、彼らの演奏は今作の見所の一つとなっている。 トロンボーンの演奏はジョー・ユークルの吹き替えによるものだったが、スチュワートが見せた誠実で温厚な演技は高く評価され、アリスンのおだやかで力強い演技と相まって夫婦愛のストーリーに更なる感動を与えた。スチュワートとアリソンは、55年のマン監督による戦争映画『戦略空軍命令』で3度目の共演を果たし、スクリーン上ではいつも思想的なおしどり夫婦ぶりを披露していたので、2人が本当に結婚していると信じていた観客も少なくなかった。映画はオーケストラ指揮者の半生を描いた伝記映画の中でもひときわ高い評価を獲得し、観客から熱狂的な支持を受けて、54年度の興行成績第3位を記録。 50年代に公開されたミュージカル映画の中では8番目の高収益を上げる大ヒット作となった。第27回アカデミー賞ではオリジナル脚本賞、ミュージカル映画音楽賞、録音賞の3部門にノミネートされ、録音賞を受賞した。

Photo_12_2_2      今作のヒットを受けて、ユニヴァーサルは55年に『ベニイ・グッドマン物語』を製作。今作の脚本を手掛けたヴァレンタイン・デイビスが脚本と演出を担当し、テレビの人気司会者スティーブ・アレンがタイトル・ロールを、『素晴らしき哉、人生!』(46)のドナ・リードが彼の妻を演じたが、今作ほどの評価と成功を得ることは出来なかった。また、グレン・ミラー本人は『銀嶺セレナーデ』(41)と『Orchestra Wives』(42)の2本の映画に出演しており、これらの作品では彼の演奏を楽しむことが出来る。

 1937年に自己の楽団Glenn Miller Orchestraを結成後、バンドリーダー、作編曲家として絶大なる人気を博し、第二次世界大戦の勃発による1942年の兵役まで多くのヒットを放ち、今でも世界で愛されている。

Photo_13Photo_14   除隊後も精力的に慰問演奏を続けていたが、1944年12月15日に、フランスへ慰問演奏に飛び立った後、乗っていた専用機がドーバー海峡で行方不明になり、12月18日戦死と発表された(後の調査で、ドイツへの爆撃から帰還する途中のイギリスの爆撃機が上空で捨てた爆弾が当たり墜落したとわかった)。死後も、残された楽団員がリーダーとなり、ニュー・グレン・ミラー・オーケストラとして、現在まで世界各地で活動中である。 カウント・ベイシー、ベニー・グッドマン、デューク・エリントン等と共にスウィングジャズ/ビッグ・バンドの代表奏者に挙げられる。

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「ベニイ・グッドマン物語 / THE BENNY GOODMAN STORY」

Photo1955年・アメリカ(ドラマ/音楽)・117分 new

お薦め度: ★★★★★ happy01

監督: バレンタイン・デイヴィス

出演: スティーブ・アレン(ベニイ・グッドマン) アリス・ハモンド(ドナ・リード) ジョン・ハモンド(ハーバート・アンダーソン) フレッチャー・アンダーソン(サミー・デイビス・Jr) ゲスト・ミュージシャン: ジーン・クルーパー キッド・オーリー ライオネル・ハンプトン ベン・ポラック テディ・ウィルソン ハリー・ジェイムズ マーサ・ティルトン ジギー・エルマン バック・クレイトン スタン・ゲッツ

Photo_2_2_3   本作品には、ライオネル・ハンプトン(ヴィブラフォン)、ジーン・クルーパー(ドラムス)、テディ・ウィルソン(ピアノ)、ハリー・ジェームス(トランペット)など、本物が勢揃いするなど豪勢であり、ゲストにはルイ・アームストロング(トランペット)も出演している。ジャズ・ファンならずとも、楽しめる作品だと思います。

Photo_12Photo_13   「グレン・ミラー物語」のヒットにあやかって同作の脚本家V・デイヴィスが脚本・監督を務めたユニヴァーサル作品。ミラーのライバル格、ビッグバンド・リーダーの伝記映画で、主演はグットマンのそっくりさん、TV司会者のS・アレン。「ジョルスン物語」にも出てきたような厳格なユダヤ家庭に育った彼が、父の応援もあってクラリネットを学び、クラシックからやがてジャズに魅せられ転向。様々なバンド活動を経て自己の楽団を結成、'38年のカーネギーホールでの歴史的コンサートがクライマックスとなる。

_2Photo_4   ミラーのようにドラマチックな人生を歩んだわけでもないグッドマン。しかもこの作品が公開された時は存命中だったので、ごく穏当な描き方で“アレンの平板な演技もあって盛り上がらない。結局、T・ウィルソン、G・クルーパなどの多彩なゲスト陣を楽しみにするのみで、ジャズ・ファン以外はツラいかも……”という酷評もあるが、なかなかの名作だし、私はこちらの方が好きですね。プロのクラリネット奏者として旅立つベニイに、父は「好きなローラー・スケートも、野球のグローブも買ってやれなかったが、今度はどうしても必要なタキシードを作ってやろう」というくだりはホロリとさせる。

Photo_5Photo_6   シカゴの貧しい家に生まれたベニイは、少年時代からクラリネットを始め、その上達振りは師を驚嘆させた。しかし彼は師であるチャップマン先生の反対を押し切り、クラシックではなくジャズの道に進む。十代で“ベン・ポラック楽団”に参加し、やがて単身ニューヨークへ……。“キング・オブ・スイング”と賞賛されるまでの辛苦と様々な出会い。そして、上流階級の娘アリスとの恋……。圧巻はクラシックの殿堂カーネギーホールに於ける史上初のジャズ・コンサート。二人の熱い想いを乗せて、歴史的演奏が始まる。

Photo_7Photo_8   貧しいながらも、子供たちには音楽を習わせる裁断職人の父。二人の兄と一緒にクラシック音楽を習い始めるが、ベニイは体が小さかったのでクラリネットを与えられる。兄たちはすぐに飽きてしまったが、ベニイだけはメキメキ上達する。シカゴ音楽大学でクラシックを教えていた音楽教師のフランツ・チャップマン先生からは「堕落したジャズなどやってはいけない」と言われるが、友人の代わりに参加した船上パーティーでディキシーランド・ジャズに巡り会い、以来ジャズ漬けになってしまう。

Photo_9_2_2   プロのジャズ・メンとして、「ベン・ポラック楽団」を皮切りに活躍するが、自分のスタイルのジャズをやってみたい!という衝動からバンドを結成し、若い編曲家バースマン、キンケードたちにも編曲を依頼し、次々とヒット作を生み出す……。 NBC放送のラジオ番組“レッツ・ダンス”で演奏するうち人気も出てきたが、出鼻を挫くように番組は終了となってしまう。丁度その頃、将来の妻になる素敵な女性ドリスとも巡り会い「メモリーズ・オブ・ユー」の名曲を彼女の為に作り出した……。音楽家はカーネギー・ホールへ出演するようでなくては本物として認めない!というドリスも、どんどんベニイとジャズの虜になっていく。

Photo_10Photo_11   エンディングのカーネギー・ホールでは、数々の名曲を披露し、お固いクラッシク一辺倒だったドリスの父親や叔母も、思わず拍子をとり出す。ベニイの母親と隣り同士の席でドリスは自分へのプロポーズのメッセージとして“メモリーズ・オブ・ユー”を聞くのだった……。

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