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2008年10月

「ベッカムに恋して / BEND IT LIKE BECKHAM」

2002 2002年・イギリス/アメリカ/ドイツ(スポーツ/ドラマ)・112分 happy01 new

監督: グリンダ・チャーダ

出演: パーミンダ・ナーグラ (ジェス・バームラ)  キーラ・ナイトレイ (ジュールズ・パクストン)  ジョナサン・リス=マイヤーズ (ジョー)  アヌパム・カー (ジェスの父)  アーチー・パンジャビ (ピンキー・バームラ)  シャズネ・ルイス (メル)  フランク・ハーパー (アラン・パクストン)  ジュリエット・スティーヴンソン (ポーラ・パクストン)  シャヒーン・カーン (ジェスの母)  アミート・チャーナ (トニー)  特別出演: デヴィッド・ベッカム ヴィクトリア・ベッカム

_11  サッカーが大好きでデヴィッド・ベッカムがアイドルという女の子が主人公の青春サクセス・ストーリー。インド系イギリス人の女の子が厳しい家庭や友情、恋に悩みながら、周囲の偏見にもめげずに夢であるプロサッカー選手への道を突き進む姿を爽やかに描く。監督はこれが長編3作目となるケニア生まれのインド系イギリス人女性グリンダ・チャーダ。撮影は「恋人たちの食卓」のジョン・リン。出演はこれが映画デビューとなるパーミンダ・ナーグラ、「穴」のキーラ・ナイトレイ、「セクシャル・イノセンス」のジョナサン・リース・マイヤーズ、「ぼくの国、パパの国」のアーチー・パンジャビ、「ラッキー・ブレイク」のフランク・ハーパー、「エマ」のジュリエット・スティーヴンソンほか。人気サッカー選手のデイヴィッド・ベッカムと、妻のヴィクトリアが特別出演。2002年ロカルノ国際映画祭観客賞、同年ボルドー映画祭観客賞、審査員特別賞、最優秀女優賞、同年シドニー映画祭観客賞ほか受賞。

_5  サッカーとベッカムが何よりも好きなジェスはインド系イギリス人の女の子。ところが、彼女の家はインドの伝統と習慣を重んじる保守的な家庭。大好きなサッカー中継も親の目を気にしながらの観戦だった。そんな彼女はある日、いつものように男の子たちに混じってサッカーを楽しんでいるところ、地元の女子サッカーチームのエース・ストライカーのジュールズに見込まれチームに勧誘される。ジュールスの家庭は、サッカー大好きな父親と、サッカー大嫌いな母親との家。母は、娘がサッカーにしか興味がなく、少しも女の子らしさのないジュールスを心配している。チームに参加したジェスは戸惑いながらも両親に内緒で本格的にサッカーに取り組み始める。だがある時、彼女は練習帰りのユニフォーム姿を母に見られてしまうのだった……。

_6  ジェス(パーミンダ・ナーグラ)は、サッカーとベッカムを愛するインド系の少女。地元の女子サッカー・チームのエース・ストライカー、ジュールズ(キーラ・ナイトレイ)から誘われた彼女は、チームに入部。コーチのジョー(ジョナサン・リース・マイヤーズ)にも見込まれ、本格的なプレーイヤーへの一歩を踏み出した。ところが、伝統的なインドの慣習にあずかる母(シャヒーン・カーン)にそれがバレてしまい、サッカーを禁止される。しかしジェスは隠れてサッカーを続け、才能を開花させていく。彼女を心配したジョーは、ジェスの家を訪ね、才能をつぶなさいように両親を説得。だが若い頃にクリケットの選手だったジェスの父(アヌパム・カー)は、インド人という理由で差別されプレーができなかった苦い経験から反対を譲らなかった。そんな中、チームはドイツ遠征へ。家族に嘘をついて参加した_12 ジェスは、ジョーと惹かれ合って唇を重ねそうになる。それを見てしまったのは、ジョーに恋心を抱いていたジュールズ。少女2人の友情は崩れた。やがて、ジェスの姉(アーチー・パンジャビ)の結婚式の日がやってくるが、それは決勝戦の日と重なっていた。試合に参加できず悲しそうに結婚式に列席しているジェスを見かねて、父は試合に行くことを許す。決勝戦のジェスは、ジュールズと見事なコンビネーションを見せ、2人は試合を観戦していたスカウトマンからアメリカでの奨学金付きの留学をオファーされる。空港のロビー。家族に囲まれたジェスは、ジョーとキスを交わし、ジュールズと幸福な気分で立っている。そんな彼女の向こうには、記者に囲まれたベッカム夫妻の姿があった。

 サッカーを題材にした映画は、「ゴール!」シリーズや、「少林サッカー」、古いところでは「サッカー小僧」などがあります。「ゴール」は、やはり第一作目が良いですね。二作目はそれなりに仕上がっています。「少林サッカー」はドタバタ・コメディ、「サッカー小僧」は、スランプに陥ったサッカー選手が、天才的な技能を持つ小学校低学年のおチビさんをプロ・チームに参加させて大活躍させてしまう!という奇想天外な作品です。サッカーは天才的ですが、自分の名前もまだ書けない、というコンプレックスを克服しながら、徐々に大きくなっていく、という展開。

 サッカー、野球、フット・ボールなどのスポーツ・ドラマは面白いですね!

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「大逆転 / TRADING PLACES」

19831983年・アメリカ・コメディ・(117分) happy01 new

お薦め度: ★★★★★

監督: ジョン・ランディス

出演: ダン・エイクロイド (ウィンソープ)  エディ・マーフィ (ビリー・バレンタイン)  デンホルム・エリオット (コールマン)  ジェイミー・リー・カーティス (オフェーリア)  ラルフ・ベラミー (ランドルフ・デューク)  ドン・アメチー (モティア・デューク)  B・コンスタンス・バリー  ジム・ベルーシ  フィリップ・ボスコ  ジャンカルロ・エスポジート  ポール・グリーソン  エイヴォン・ロング  ロバート・カーティス=ブラウン

  見事な脚本、歯切れがよくテンポ抜群の演出、そしてなにより主演であるエイクロイドとマーフィの巧みな演技が見事に開花している、コメディ映画の秀作!

_2  場所はフィラルデフィア。一方は、大手保険会社の経営陣の一人として手腕を見せるエリートで金持ち青年ルイス・ウィンソープ(ダン・エイクロイド)。もう一方は、詐欺まがいの事をやりながら生きている貧しい黒人青年ビリー・バレンタイン(エディ・マーフィー)。そんな彼らの知らない所で、ウィンソープの会社の会長である兄弟が、ある賭けを企んでいた。この2人の環境を入れ換えるとどうなるか、という賭けである、しかも掛け金はたった1ドル。そして、何も知らないウィンソープは2人の罠にはまり、無一文で街に放り出され、またバレンタインは、いきなり大豪邸での夢の様な暮らしに2人の生活は逆転してしまうが……。

 古い作品ですが、面白いです。サンタクロースの扮装で酔いつぶれるダン・エイクロイドを助けるジェイミー・リー・カーティス。当時は抜群のプロポーションでしたね。heart04 また、街で物乞いをしているエディー・マーフィーの下品なマシンガン・トークも冴えてますね。

 金の力に物を言わせる嫌味な老兄弟も適役です。執事役のデンホルム・エリオットもとぼけた役柄を好演してます。この映画は、芸達者がてんこ盛り!ですよ。happy01

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コラム⑤ 私の好きな俳優さん 【アンディ・ガルシア】

Photo_3 アンディ・ガルシアAndy Garcia, 1956年4月12日 - )はキューバハバナ出身の俳優である。アメリカで活躍する最も著名なキューバ人俳優である。尊敬する俳優としてピーター・ユスティノフをあげている。ユスティノフのアドバイスにしたがい、出演作を慎重に選ぶスタイルをとっているため、高い人気、実力の割には出演作が少ない。

 
父親は弁護士、母親は教師だったが、カストロ政権を逃れるため、アンディが5歳のときにアメリカに移住した。高校時代はバスケットボールの選手であったが、肝炎を患い、スポーツ選手の道は断念する

Photo_4  フロリダ国際大学で演劇に関わるようになり、ハリウッドに移って1980年代半ばからテレビ・映画に出演するようになる。1990年の『ゴッドファーザーPART III』でアカデミー助演男優賞にノミネートされ、注目されるようになる。

 1982年に結婚した妻との間に娘3人、息子一人が生まれている。シャム双生児だった。とはいえ一般的に知られるような両者が同等の大きさの症状ではなく、彼の兄弟はソフトボールほどの大きさで、肩にくっついているという程度であった。その手術跡は現在も残っている。

【出演作品】1995

1990  アンディ・ガルシアは、マイケル・ダグラス、高倉健、松田優作と競演した「ブラック・レイン」からのファンなんです。「アンタッチャブル」、悪徳警官役のリチャード・ギアと競演した「背徳の囁き」、「ゴッドファーザー」、「靴をなくした天使」、「デンバーに死す時」などが好きな作品です。

1989  「靴をなくした天使」では、ダスティン・ホフマン、ジーナ・デイビスとも競演してますね。大好きな作品の一つです。優柔不断なホームレス役ですが、ヒーローを騙ってから見違えるほど良い男に変身しますが、ガルシア様はカッコ良いです!

 

 「背徳の囁き」でのリチャード・ギアの悪党ぶりも見応えありました。レイ・リオッタの悪役も大好きなんですが、リオッタちゃんは異常な犯罪者が似合うんですよね。

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コラム④ 私の好きな俳優さん 【ジーナ・デイビス】

Geenadavis ジーナ・デイヴィスGeena Davis本名はVirginia Davis,1956年1月21日 - )はアメリカ合衆国マサチューセッツ州出身の女優である。

 父親はエンジニア、母親は補助教員。子供の頃からチア・リーダーを夢見ていたが長身(180cm)の為に果たせず、ボストン大学に入学して演技を学び、卒業後、ニューイングランドの劇団を経て、ニューヨークでモデルやCM出演をする。後、TVシリーズに出演。

Thelmalouise1991  下着メーカーのカタログで彼女を見たシドニー・ポラック監督に抜擢され、1982年、『トッツィー』で映画デビュー。1986年、『ザ・フライ』で注目を集める。以降、1988年『偶然の旅行者』で型破りな犬の調教師役を演じ、アカデミー助演女優賞を受賞。1991年『テルマ&ルイーズ』でテルマ役を演じ、アカデミー賞主演女優賞及びゴールデングローブ賞にノミネートされる。野球のキャッチャー役に扮した1992年「プリティ・リーグ」でも、ゴールデングローブ賞にノミネートされている。2006年、「コマンダー・イン・チーフ」(原題)で第63回ゴールデングローブ賞で最優秀主演女優賞(ドラマ部門)を受賞。エミー賞にもノミネートされた。コメディからアクションまで幅広くこなす演技派女優として活躍している。

Photo  私生活では3度の結婚歴と離婚歴があり、1982年にレストラン経営者と結婚するも翌年離婚。1987年、『ザ・フライ』で共演したジェフ・ゴールドブラムと再婚したが、1990年に離婚。1993年には映画監督のレニー・ハーリンと再婚したが、彼の監督作品に出演した後、1998年に離婚。2001年、友人を通じて知り合った15歳年下の外科医と2年の交際を経て4度目の再婚をする。2002年4月に46歳にして初産で女の子を出産、2004年5月には、双子の男児を出産している。

 アーチェリーの名手で、シドニーオリンピックチームに入るための選考会で、準決勝までいったことがある。

_2 【出演作品】 トッツィー Tootsie (1982) フレッチ/殺人方程式 Fletch (1985) トランシルバニア 6-5000 Transylvania 6-5000 (1985) ザ・フライ The Fly (1986) ビートルジュース Beetlejuice (1988) 偶然の旅行者 The Accidental Tourist (1988) ボクの彼女は地球人 Earth Girls Are Easy (1989) クイックチェンジ Quick Change (1990) テルマ&ルイーズ Thelma & Louise (1991) プリティ・リーグ A League of Their Own (1992) 靴をなくした天使 Hero (1992) 愛に気づけば・・・ Angie (1994) 眠れない夜はあなたと Speechless(1994) カットスロート・アイランド Cutthroat Island (1995) ロング・キス・グッドナイト The Long Kiss Goodnight (1996) スチュアート・リトル Stuart Little (1999) スチュアート・リトル2 Stuart Little 2 (2002) スチュアート・リトル3 森の仲間と大冒険 Stuart Little 3: Call of the Wild (2005) (声の出演、OV、フルCGアニメ

Photo_2  大好きな女優さんの一人です。「プリティ・リーグ」からのファンで、「テルマ&ルイーズ」、「ロング・キス・グッドナイト」、「靴をなくした天使」などが好きですね。「偶然の旅行者」、「ボクの彼女は地球人」をチェック中です。是非観たい作品なんですけど、なかなか見つからないんです……。

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コラム③ 私の好きな俳優さん 【スーザン・サランドン】

_2_4 スーザン・サランドン (Susan Sarandon)

1946年10月4日、アメリカ・ニューヨーク州生まれ。

 ニュー・ジャージー州で育つ。ワシントンD.C.のカトリック大学で演劇を学んだ後、モデルとなる。 1970年『ジョー』で映画デビュー。その後は『フロント・ページ』('74)、『華麗なるヒコーキ野郎』('75)、カルト映画の傑作『ロッキー・ホラー・ショー』('75)などがある。1978年にはルイ・マル監督の問題作『プリティ・ベビー』でブルック・シールズの母親役を演じ、同じくマル監督の『アトランティック・シティ』('80)で初めてアカデミー賞にノミネートされた。

Thelma_louise_1991  1980年の『アトランティック・シティ』、1991年の『テルマ&ルイーズ』、1992年の『ロレンツォのオイル』、1994年の『依頼人』と4回アカデミー賞にノミネートされたが、栄冠に輝くことはなかった。そして1995年の『デッドマン・ウォーキング』で念願のアカデミー賞を手にする。

1995_2  ブロードウェイでは"An Evening with Richard Nixon"に出演し、オフ・ブロードウェイで上演された "A Coupla White Chicks Sittin' Around Talkin"と"Extremities"の演技で批評家から絶賛された。これまで女優たちに押しつけられてきた慣習を常に打ち破り続け、それぞれの役柄に独特のセックス・アピールと知性をもたらすことで、映画スターであることの定義を一新した。その姿勢は『さよならゲーム』('88)の勇気ある演技から、アカデミー賞にノミネートされた『テルマ&ルイーズ』('91)、『ロレンツォのオイル/命の詩〈うた〉』('92)と『依頼人』('94)の好演、そして、見事アカデミー賞に輝いた『デッドマン・ウォーキング』('95)でのシスター・ヘレン・ブレジアンの迫真の演技に見ることができる。

1994  私生活では、『さよならゲーム』('88)で共演した俳優ティム・ロビンスとの間に2人の子どもがいる(ただし結婚はしていない)。T・ロビンスとは公私に渡るパートナーとして知られ、彼の監督した『ボブ・ロバーツ』('92)、『デッドマン・ウォーキング』('95)に出演している。

1981  第54回アカデミー主演女優賞(『アトランティック・シティ』)  ノミネート
1991  第64回アカデミー主演女優賞(『テルマ&ルイーズ』)  ノミネート
1992  第65回アカデミー主演女優賞(『ロレンツォのオイル/命の詩<うた>』)  ノミネート
1994  第67回アカデミー主演女優賞(『依頼人』)  ノミネート
1995  第68回アカデミー主演女優賞(『デッドマン・ウォーキング』)  受賞

Photo_6 【出演作品】(抜粋)
(1975)華麗なるヒコーキ野郎 (1977)真夜中の向う側 (1980)アトランティック・シティ (1981)アクターズ・ラブ/舞台は恋のキューピット (1982)テンペスト (1983)ハンガー (1985)ジュディスの告発 (1987)イーストウィックの魔女たち (1988)さよならゲーム (1989)白く渇いた季節 (1990)ぼくの美しい人だから (1991)テルマ&ルイーズ (1992)ロレンツォのオイル -命の詩- (1994)依頼人、若草物語 (1995)デッドマン・ウォーキング (1998)グッドナイト・ムーン (1999)地上より何処かで (2002)バンガー・シスターズ、ムーンライト・マイル (2004)Shall we Dance?、NOEL/ノエル (2005)エリザベス・タウン (2007)魔法にかけられて、告発のとき (2008)スピード・レーサー

2002  スーザン・サランドンは、「依頼人/ザ・クライアント」からのファンです。「イーストウィックの魔女たち」、ティム・ロビンスやケビン・コスナーと競演した「さよならゲーム」も観ていますが、一番好きな映画は「テルマ&ルイーズ」ですね。共演者がジーナ・デイビスですから。また、「バンガー・シスターズ」もコメディ調で面白いです。共演者はゴールディー・ホーンですしね。「ロレンツォのオイル」や「デッドマン・ウォーキング」など、シリアスな作品も良いです。リメイク版の「Shall we Dance?」も素敵でしたね!


 

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コラム② 私の好きな俳優さん 【モーガン・フリーマン】

Photo_4 「私の好きな俳優さん happy01」をご紹介する事にいたしましょう。

 以前は、ロバート・デ・ニーロが一番好き(実際は順位を付けたり、甲乙で評価出来ませんが)でしたが、「ミリオンダラー・ベイビー」を観てから、モーガン・フリーマンという俳優さんの魅力に取り憑かれています。

 今回は、モーガン・フリーマンの生い立ちや、出演作品などを紹介したいと思います。

 

モーガン・フリーマンMorgan Freeman1937年6月1日 - )は、アメリカ合衆国テネシー州メンフィス出身の俳優映画監督ナレーター

Photo_5  2004年『ミリオンダラー・ベイビー』でアカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞。その他『ショーシャンクの空に』『セブン』などのヒット作に出演歴があり、その安定感と味のある演技によってアメリカのみならず世界各国で賞賛を浴びる実力派国際俳優であり、最も名誉ある黒人俳優の一人でもある。身長189cm。左利き

【生い立ち】 1937年6月1日、テネシー州メンフィスに出生。父モーガン・ポーターフィールド・フリーマン(1961年肝硬変により死去)は床屋で、母メイミー・エドナは327712_01_01_02 清掃婦だった。モーガンには3人の兄がいる。フリーマン家はミシシッピ州グリーンウッド、インディアナ州ゲーリーなど多くの地を転々とした後イリノイ州シカゴに居を据えた。モーガンは8歳の時学生演劇で主役を務めている。12歳の時には州の演劇コンクールで優勝し、高校時代にはテネシー州ナッシュヴィル
1995ラジオ演劇に出演していた。1955年、ジャクソン州立大学の演劇奨学金を断り合衆国空軍へと志願した。1960年代前半、モーガンはロサンゼルスへと移住。ロサンゼルスの短期大学に事務員として勤務した。一時期はニューヨークにも住んでいたことがあり1964年に開かれたニューヨーク万国博覧会でダンサーを務めた。またサンフランシスコではオペラ歌劇団にも所属していた。彼の実質的な 役者デビューは巡業劇団に所属していた時に出演した『The Royal Hunt of the Sun』という劇で、1965年公開のシドニー・ルメット監督の『The Pawnbroker』という映画にも出演している。1967年には『The Niggerlovers』でヴィヴィカ・リンドフォースの相手役としてオフ・ブロードウェイにデビュー、翌年68年には役者全員が黒人バージョンの『ハロー! ドリー』でブロードウェイの舞台に立った。

【経歴】 
端役としてではないフリーマンの最初の出演作品は1971年公開の_2_2 『Who Says I Can't Ride a Rainbow?』という映画であったが、彼が有名になったのは連続テレビドラマシリーズ『Another World』とPBSテレビの子供番組『The Electric Company』だった。後に彼はもっと早く出演をやめるべきだった、と語っている。

 「『The Electric Company』に関しては1~2年やって辞めるべきだった。でもお金に目が眩んだね。特別優遇措置みたいのがあってね。多くの俳優がそれを享受していた。彼らは真面目に役者業をやる気がなかった。僕もその一員になっていたけどね。それで「若者たちを愛しているぜ!」なんて言ってたんだ。そんなところに3年という長い月日いてしまったよ」と後に彼は述べている。

_2_3  1980年代前半からフリーマンは知的で温かみのあるキャラクターで助演男優として頭角を現す。有名になった彼はブルース・ベレスフォード監督『ドライビング Miss デイジー』(1987年)やエドワード・ズウィック監督の『グローリー』(1989年)など次第に主役級の役柄を演じるようになった。1994年、フランク・ダラボン監督の大ヒット作『ショーシャンクの空に』ではティム・ロビンスと共に主役レッドを演じ最高の評価を得た。彼の魅力が一気に開花したこの作品を機にケヴィン・レイノルド監督『ロビン・フッド』、デヴィッド・フィンチャー監督『セブン』、ミミ・レダー監督『ディープ・インパクト』など多くの映画で成功を収めた。

1996  フリーマンはその特徴的な声色からナレーターとしての仕事も頻繁に入るようになった。2005年、スティーヴン・スピルバーグ監督『宇宙戦争』、アカデミー賞最優秀ドキュメンタリー映画賞を受賞した『皇帝ペンギン』のナレーターを務めた。

 『N.Y.ストリート スマート』(1987年)、『ドライビング Miss デイジー』、『ショーシャンクの空に』でアカデミー賞助演男優賞にノミネートされていたが、遂に2004年にクリント・イーストウッド監督の『ミリオンダラー・ベイビー』で同賞を受賞した。

2002_3  1997年、映画プロデューサー、ロリー・マクレーリーと共に映画制作会社「Revelations Entertainment」を設立。また二人は前社の姉妹会社にあたるオンライン映画配給会社「ClickStar」も立ち上げた。フリーマンは「ClickStar」内で「Our Space」というコーナーを持っており、彼が愛する宇宙工学航空工学などのサイエンス系のビデオクリップを制作配信している。

 2006年11月よりジャック・ニコルソン共演、ロブ・ライナー監督の新作『最高の人生の見つけ方 The Bucket List』の撮影に入る。作品は日本公開2008年5月。

【私生活】 1967年10月22日、ジャネット・アデア・ブラッドショウという女性と結婚 2000 したが1979年離婚。現在の夫人は1984年に結婚したマーナ・コリー・リー。彼は最初の結婚で二人の息子アルフォンソとサイフォレイ、娘ディーナ、モルガナがおり、フリーマンは前妻よりディーナを引き取っている。

 彼は現在ミシシッピ州チャールストンとニューヨークに居を構えており、自家用飛行機運転免許を所有。またミシシッピ州クラークスデールにはMadidiというレストランとブルースクラブGround Zeroを所有している。

 フリーマンはアフリカンアメリカン・コミュニティーが主催するBlack History Monthに対し公式に、それらのイベントに参加しない姿勢をとっている。『黒人の歴史はアメリカの歴史である』というのが彼の動機である 。彼の強い主張によれば『黒人差別を無くすには、その話をしないことだ』と語っており『アメリカに「白人の日」は無い』と述べている。CBS放送のドキュメンタリー番組に出演した際にはインタビュアー(白人)に対し「私はあなたを「白人」とは呼ばない。そして私はあなたにお願いする、私を「黒人」と呼ばないように、と」と述べた。

2005_2  2006年5月13日、ミシシッピ州のデルタ州立大学より名誉博士号を贈られた。

 2006年10月28日、ミシシッピ州ジャクソンで行われたMississippi's Best Awardsにて長年映画に出演している功績を評価されLifetime Achievement賞が贈られた。「彼はまるで父親のような存在だ」と大会主催者は語った。「フリーマン氏はどんな役を演じようとも誰も近づけない尊敬に値する人物の一人だ。と賞賛が贈られた。

 2008年8月3日深夜、自動車を運転し自宅に戻る途中に車道の路肩を飛び越え横転、命に別状は無かったものの骨折などの重傷を負い、テネシー州メンフィスの病院に搬送された。その際、レスキュー隊に救出される時に多くのやじ馬が周囲を撮影しようとしたところ「ただ撮りはダメだよ」と冗談まじりに話していた。

 

【受賞】
2008 1987年全米映画批評家協会賞助演男優賞:『NYストリート・スマート』

1987年ニューヨーク映画批評家協会賞助演男優賞:『NYストリート・スマート』
1987年ロサンゼルス映画批評家協会賞助演男優賞:『NYストリート・スマート』1987年インデペンデント・スピリット賞助演男優賞:『NYストリート・スマート』
1989年ゴールデングローブ賞男優賞:『ドライビングMissデイジー』

1990年ベルリン国際映画祭最優秀共演賞:『ドライビングMissデイジー』(ジェシカ・タンディと)

2004年アカデミー助演男優賞:『ミリオンダラー・ベイビー』

【出演作品】(抜粋)
1992 (1984)
リンゴ白書 (1989) グローリー、ドライビング・ミス・デイジー (1990) 虚栄のかがり火 (1992) 許されざる者 (1994) ショーシャンクの空に (1995) セブン、アウトブレイク (1996) チェーン・リアクション (1997) コレクター (1998) ディープ・インパクト、フラッド (2000) アンダー・サスピション (2002) トータル・フィアーズ、ハイ・クライムズ (2003) ブルース・オールマイティ、ドリームキャッチャー (2004) ミリオンダラー・ベイビー (2005) 宇宙戦争、アンフィニッシュド・ライフ (2006) ラッキーナンバー7、ザ・スナイパー  (2007) エバン・オールマイティ、最高の人生の見つけ方、ゴーン・ベイビー・ゴーン (2008) ウォンテッド、ダークナイト

           (フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)より)
 

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「トップガン / TOP GUN」

19861986年・アメリカ (アクション/青春)・110分 punch new

お薦め度: ★★★★★ happy01

 久々のアップの今回は、御垣内さんのリクエストによる「愛と青春の旅だち」と双璧を成す「トップガン」です。

監督: トニー・スコット
出演: トム・クルーズ (マーヴェリック)  ケリー・マクギリス (チャーリー)  ヴァル・キルマー (アイスマン)  アンソニー・エドワーズ (グース)  トム・スケリット (ヴァイパー)  マイケル・アイアンサイド (ジェスター)  ジョン・ストックウェル クーガー  バリー・タブ (ウルフマン)  リック・ロソヴィッチ (スライダー)  ティム・ロビンス (マーリン)  ジェームズ・トルカン (スティンガー)  メグ・ライアン (キャロル)  エイドリアン・パスダー (チッパー)  クラレンス・ギリヤード・Jr (サンダウン)  ウィップ・ヒューブリー (ハリウッド)

_2  衰退する空中戦(ドッグファイト)技術を復活させるため、F-14トムキャット戦闘機の超エリートパイロット達を集め徹底的に鍛え上げる養成所を舞台に、血気盛んな主人公の挫折とそこから這い上がり大活躍する過程を、ロックのリズムに乗せてテンポのいい映像で描いた大ヒット作。まあ良く言えば戦闘機乗りの「愛と青春の旅だち」だが“人間”を描いた作品と言うよりはF-14戦闘機のプロモーションビデオ的なっているため、主人公の心の葛藤などの描写は薄っぺら。だが戦闘機が出てくると映画は活気を取り戻し、訓練シーンやラスト近くの空中戦は大迫力! また、T・クルーズのぷっくりとした顔だちに白い歯が印象的な笑顔が初々しさを与え、ファンにはたまらない1本。尚、サントラ盤もヒットし、ベルリンの歌う“愛は吐息のように” -Teke My Breath Away- はアカデミー主題歌賞を受賞。
 
Photo  カリフォルニア州ミラマー海軍航空基地。そこにF-14トムキャットを操る世界最高のパイロットたちを養成する訓練学校、通称“トップガン”がある。若きパイロットのマーヴェリックもパートナーのグースとともにこのトップガン入りを果たし、自信と野望を膨らませる。日々繰り返される厳しい訓練も、マーヴェリックはグースとの絶妙なコンビネーションで次々と課題をクリアしていく。しかしライバルのアイスマンは、彼の型破りな操縦を無謀と指摘する。その一方で、マーヴェリックは新任の女性教官チャーリーに心奪われていく。

Photo_2  1分間で3万フィート飛翔し、スピードは音速以上、7トンもの兵器を搭載できるF14トムキャットのパイロット、マーヴェリック(トム・クルーズ)と、RI0と呼ばれるレーダー索敵員のグース(アンソニー・エドワーズ)が“トップガン"と呼ばれるエリートパイロットたちの仲間入りをした。彼らの教官は、“ヴァイパー"ことマドカフ中佐(トム・スケリット)だ。彼らの中にベスト・オブ・ベストの自信をのぞかせているアイスマン(ヴァル・キルマー)とスPhoto_3 ライダー(リック・ロッソヴィッチ)のコンビもいた。その夜、士官クラブで、マーヴェリックはブロンド美人に魅せられた。翌日、その彼女が、教官として紹介された。チャーリー(ケリー・マクギリス)といい、航空物理学の博士で、敵の航空機の情報にも詳しい専門家である。実戦訓練が始まり、マーヴェリックとグースの絶妙なコンビネーションが披露された。ある日チャーリーからデートに誘われ、喜び勇んで家を訪れたマーヴェリックは、彼女の目的がミグの話だと判って落胆し、2人の仲は気まずくなるが、やがて彼女が愛を告白し、2人は抱き合った。トップガンのスケジュールも半分を消化したころ、アイスマンはマーヴェリックの無謀さを批難し忠告した。そんな矢先、マーヴェリック組が事故を起こしグースが死んだ。ショックを受けたマーヴェリックは、チャーリーの慰めにもかかわらず落ち込み、新しくコンビを組んだサンダウン(クラレンス・ギルヤード・ジュニア)とも息が合わなかった。トップガンを去ろうとするマーヴェリック。一方昇進による新しい職場がワシントンに決まったTomcat チャーリーが、必要ならば自分もここに残るとマーヴェリックに告白するが、彼は何も答えなかった。卒業式。首席はアイスマンだった。祝賀パーティの最中、突如、出動命令が下った。米国の情報収集船が危機にさらされているという。“トップガン"たちはインド洋上へと向かった。ウルフマン機がやられ、アイスマン機が孤立した。ミグを相手に本領を発揮するマーヴェリック。遂に彼はアイスマンを助けた。帰還し歓声で迎えられた2人は抱き合った。数日後、ミラマー基地に戻ったマーヴェリックを、チャーリーが待っていた。彼女はワシントンから引き返して来たのだった。

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@nifty から J:COM へ!

【お知らせ】

 この度、20年来使用しておりましたニフティから退会し、J:COM に移行いたしました。思い起こせば、ニフティ・サーブという名称から@niftyに変わり、サービスも多様化されて随分と便利になったし、速度もかなり上昇しました。ニフティ・サーブ時代の友人も殆ど見当たらなくなりましたが、新しい出会いも経験させて頂きました。

 @niftyのまま、光通信に移行する事も考えましたが、数多い“映画チャンネル”の魅力に勝てず、J:COMのパッケージを10月1日より導入致しました。このブログやメールはそのまま@niftyで契約続行いたしますので、引き続きご贔屓のほどを宜しくお願い致します。

 結果的に、ブログ更新をさぼっていた訳ですが、少しずつブログも更新して参りますので、併せて以前にも増して宜しくお願い申し上げます。

 閲覧者様各位                               

                                     蒼い影

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